ジョン・マケイン
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ジョン・シドニー・マケイン3世(John Sidney McCain Ⅲ, 1936年8月29日 - )はアメリカの政治家。パナマ生まれ。連邦下院議員(1983年 - 1987年)、連邦上院議員(アリゾナ州選出、1987年 - )。2000年の共和党大統領予備選で、ジョージ・W・ブッシュ(当時テキサス州知事)と指名を争った。共和党員で保守派だが、党派にとらわれない一匹狼的な投票行動で知られ、比較的リベラル派の支持も強い。2004年の大統領選挙では、民主党のジョン・ケリー候補が同氏を閣僚候補にしようとしたという説もあった。
著名な海軍提督の祖父と父をもち、マケイン自身も海軍士官としてヴェトナム戦争に従軍した。彼の息子は海兵隊員となっている。戦争をよく知る指導者、エリートのあるべき姿の実践と考えているようである。
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[編集] 2000年大統領予備選
2000年の大統領予備選挙では、ジョージ・W・ブッシュテキサス州知事(のちの大統領)と共和党の指名を争った。大きな基盤と資金・知名度を持つブッシュが圧倒的に優位と見られていたが、ニューハンプシャー州の予備選挙で地元のマケインが大差で勝利し、ブッシュ陣営を驚かせた。この影響で党内の穏健派がマケイン支持にまわり、アリゾナ州やミシガン州でもマケインが勝利し、マケイン旋風という言葉が生まれた。しかし3月7日の「スーパーチューズデー」で、大票田であるカリフォルニア州やニューヨーク州を含む各州で負けたために共和党候補を断念した。
マケインはベトナム戦争で長く捕虜として拘束された。これについて、ベトナムに行く代わりに州軍に入ったブッシュが「彼は長い捕虜生活で頭がおかしくなっている」と侮蔑し問題となった。
[編集] 2008年大統領選挙
2008年の大統領選挙に向けて、共和党の最有力候補となっている。米週刊誌タイムが行った2006年7月の世論調査では、次期大統領選で支持する人物として民主党のヒラリー・クリントン (47%) を抑えて 49% の支持を集めた。
[編集] 政策
自身の抑留経験もあり、キューバ・グアンタナモ米軍基地の収容所などを強く批判、待遇基準を定める修正案などを提案したことがある。 特に人権問題には強い関心を抱いており、ブッシュ大統領の「自由と民主主義の価値観を世界に広める」「全ての圧制の打倒」を熱烈に支持している。またイラク戦争についても「フセイン独裁打倒」という点で支持を表明しており、共和党政権のイラク政策への批判が強まった2006年中間選挙においても一貫して米軍の増派を主張し続けた。またアカエフ政権下のキルギスで野党系新聞が政府による妨害を受けたことに対して、キルギス外相に直接電話で抗議して止めさせたという。 北朝鮮による拉致問題にも強い関心を持っている。
日本との関連では、ミャンマー軍政に対する経済支援(小規模だが)を続ける日本政府に対して、当時の川口外相を批判した共和党上院議員の急先鋒であった。
変わったところでは、「UFC」などの大会が有名な、殴る、投げるなどすべてを認める「総合格闘技」が生まれた90年代、禁止運動の先頭に立った。
[編集] 外部リンク
- Biographical Directory of the United States Congress - アメリカ合衆国議会の人名辞典サイト[1]内の、ジョン・マケインの項目(英語)