ジャン=バティスト・コルベール
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ジャン・バティスト・コルベール(Jean-Baptiste Colbert、1619年8月29日~1683年9月6日)は17世紀フランスの重商主義者、太陽王ルイ14世(在位1643年~1715年)の財務総監(現在の大蔵大臣・財務大臣に相当するが、「省」レヴェルの規模の官庁を必ずしも指揮下に置かない)を長年務めた。
1619年ランスの商人の家に生まれる。スコットランド系の家柄とされる。20歳の頃から政府関係で働き始め、1661年長年ルイ14世の宰相を務めたマザランが死去すると、ルイ14世親政下の財務担当となり、フーケの失脚によって権力を握った。1664年財務総監に就任したのを始め、20年以上にわたってフランス絶対主義時代の財務を担当した。この間、重商主義的な観点からフランス東インド会社だけでなく、西インド会社・レバント会社・セネガル会社などを設立し、また17世紀前半に発見され、細々と植民拠点が維持されていたケベック(フランス領カナダ)に大規模な植民団を派遣した。
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- ジャン・バティスト・コルベール(日本語)