イクノディクタス
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性別 | 牝 |
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毛色 | 栗毛 |
品種 | サラブレッド |
生誕 | 1987年4月16日 |
死没 | (現役繁殖牝馬) |
父 | ディクタス |
母 | ダイナランディング |
生産 | 高田栄治 |
生国 | 日本(北海道浦河町) |
馬主 | 勝野憲明 |
調教師 | 福島信晴(栗東) |
競走成績 | 51戦9勝 |
獲得賞金 | 5億3112万4000円 |
目次 |
[編集] 来歴
イクノディクタスは、1988年夏の2歳馬セリ市にて930万円で購買された(そのとき同じセリ市にて1億円で購買されたのは、競馬版『華麗なる一族』の一員である良血馬・ダイイチルビーであった)。
1989年7月小倉競馬場でデビューし、3歳から7歳まで目立った故障もなく無事に走り続けた。1991年・5歳時に京阪杯、1992年・6歳時に金鯱賞、小倉記念、オールカマーを制覇し、1993年・7歳時には安田記念でヤマニンゼファーの2着に入り、ダイイチルビーの持っていた記録を抜き、(当時の)歴代賞金女王の座に着いた。続く同年の宝塚記念でもメジロマックイーンの2着に健闘し、初の賞金5億円獲得牝馬となった。
その活躍ぶりからか、鉄の女と言う異名を持っていた。
1993年の富士ステークスを最後に現役を引退し、新冠・五丸農場にて繁殖生活を送っている。
- 馬齢については原則旧表記(数え)とする。
[編集] エピソード ・その他
- 繁殖入り後初の配合相手はメジロマックイーンであったが、現役時代メジロマックイーンはイクノディクタスに『想いを寄せていたのでは?』と言われており、ファンの間では『初恋成就』などとも言われた。
(その産駒はキソジクイーンと言う競走名で中央競馬デビューしたが、未勝利で引退となった。)
- 繁殖入りしてからフケ(発情)がなかなか来ず、初年度は注射の力を借りて受胎させたとのこと。
- 産駒はコンスタントに出しているが、なかなか母を超える仔が現れてはいない。
[編集] 主な勝ち鞍
- 京阪杯(1991年・GIII)
- 金鯱賞(1992年・GIII)
- 小倉記念(1992年・GIII)
- 産経賞オールカマー(1992年・GIII)
- テレビ愛知オープン(1993年・OP)
1992年JRA賞最優秀5歳以上牝馬 受賞
[編集] 血統表
イクノディクタスの血統 (ファイントップ系/Lady Angela5×4=9.38%) | |||
父
*ディクタス Dictus 1967 栗毛 (フランス) |
Sanctus 1960 鹿毛(仏) |
Fine Top | Fine Art |
Toupie | |||
Sanelta | Tourment | ||
Saranella | |||
Doronic 1960 鹿毛(仏) |
Worden | Wild Risk | |
Sans Tares | |||
Dulzetta | Bozzetto | ||
Dulcimer | |||
母
ダイナランディング 1980 鹿毛 (日本) |
*ノーザンテースト Northern Taste 1971 栗毛 (加) |
Northern Dancer | Nearctic |
Natalma | |||
Lady Victoria | Victoria Park | ||
Lady Angela | |||
*ナイスランディング Nice Randing 1965 鹿毛(米) |
First Landing | Turn-to | |
Hildene | |||
Pashamina | Le Pacha | ||
Perfume F-No.1-w |