M-Vロケット
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M-Vロケット(ミューファイブ - )は、文部科学省の宇宙科学研究所が日産自動車宇宙航空事業部(現在(株)アイ・エイチ・アイ・エアロスペース)と共同で開発し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究本部(ISAS)が運用する3段式のロケット。人工衛星や惑星探査機の打上げに使用されており、内之浦宇宙空間観測所に主要な発射設備を設けている。
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[編集] 概要
M-Vロケットは三段式ロケットで全段固体燃料ロケットである。オプションで四段目のキックモーターを搭載することもできる。一段目のM-14は内面燃焼の固体燃料ロケットを高張力鋼(HT-230M)のモーターケース(液体ロケットのエンジンに相当)に納めており、姿勢制御は可動ノズルによる推力偏向制御(Movable Nozzle Thrust Vector Control、MNTVC)によって行われる。一般にMNTVCはジンバルに接続された燃焼室の向きを変えることで行われるが、M-Vでは柔軟な素材で製作されたノズルの形を変形させることで行われる。二段目のM-24も高張力鋼のモーターケースを持つが、姿勢制御はノズル内部への液体噴射による推力方向制御(Liquid Injection Thrust Vector Control、LITVC)が採用されている。三段目のM-34やキックモーターKM-V1ではモーターケースの素材として炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が採用されている。またM-34とKM-V1では全長を短縮するために、ロケット収納時には折り畳まれ分離後に全長が伸びる伸展ノズルが採用されている。M-34の姿勢制御はMNTVC、KM-V1はスピン安定が採用されている。
なお、5号機以降では仕様が一部変更されている。まず、二段目のモーターケースは高張力鋼から炭素系複合材に変更された。姿勢制御についてもLITVCではなく、ノズル自体を可動とし電動アクチュエータで動かす方法に変更されている。これは主にコストダウンおよび高性能化を目的としたものであり、以前より研究が進められていたものである。4号機の打ち上げ失敗をきっかけとする変更ではない。
全備重量139トンというM-Vロケットの大きさは、同じ三段式固体燃料ロケットを採用したアメリカ空軍の最新のICBMであるLGM-118ピースキーパー(88.5トン)やロシアのSLBMであるR-39(90トン)をしのぎ、世界最大級の固体燃料ロケットとなっている。しかし、M-Vは大量に作られるこれらのミサイルや多くの商業ロケットとは異なり、一機一機が衛星・探査機に合わせて組み立てられた特注品であり、積荷にあわせた仕様に調整することができるが、その分高値であることが弱点である。また、固体ロケットは液体ロケットよりも低価格のため、予算の少ないISASが好んで使用してきたが、機体が大きくなるごとに振動も大きくなるため、低予算ゆえに小型で軽いISASの衛星に損傷を与えかねない危険もはらんでいる。
最初の打ち上げを1995年に予定していたが、モーターケースの素材として採用された高張力鋼HT-230に問題があり、一から材料探しを始めた為に完成が2年遅れた。先任のM-3SIIロケットは1993年に運用終了となっていた為、人工衛星打ち上げの予定が大幅にずれ、火星探査機のぞみはこの影響を最も受けてしまった。
近年開発された大型ロケットには珍しく、海側に傾けたレールランチャーにより斜めに発射されるが、これはロケットの打ち上げに失敗した場合、いち早く海側に投げ落とすことで発射台の被害を最小限に抑えるためで、予算の少ないISASが開発してきたロケットに共通する技術的特徴である。
2006年7月、M-Vロケットの廃止が決定され、2006年9月の太陽観測衛星「ひので」の打ち上げが最後になった。
[編集] 仕様
括弧内は参考としてM-3SIIロケットのもの。
- 全長: 30.8 m(27.8m)
- 直径: 2.5 m(1.41m)
- 重量: 140.4 t(61t)
- 低軌道への打ち上げ能力(ペイロード): 1,850 kg(ただしこれは公称であり、改良により打ち上げ能力は2t以上になっていることに注意)(770kg)
主要諸元一覧
段数(Stage) | 第1段 | 第2段 | 第3段 | |
---|---|---|---|---|
諸元 | 全長 | 30.8m | 17.2m | 8.6m |
代表径 | 2.5m | 2.5m | 2.2m | |
各段点火時質量 | 85t | 39t | 16t | |
固体
ロケット モータ |
モータ名称 | M-14
(第1段で4番目の開発モータ) |
M-25
(第2段で5番目の開発モータ) |
M-34
(第3段で4番目の開発モータ) |
全長 | 13.73m | 6.61m | 3.61m/4.29m
(収納時/伸展時) |
|
代表径 | 2.5m | 2.5m | 2.2m | |
ケース材料 | HT-230M
HT-150 |
CFRP
(FW) |
CFRP
(FW) |
|
推進薬 | BP-240J | BP-208J | BP-205J | |
モータ質量 | 83t | 37t | 12t | |
推進薬重量 | 72t | 33t | 11t | |
真空比推力 | 274sec | 292sec | 301sec | |
平均真空推力 | 3760kN | 1520kN | 337kN | |
有効燃焼時間 | 51sec | 62sec | 94sec | |
- | 誘導方式 | ストラップダウン方式光ファイバージャイロ/電磁誘導方式 | ストラップダウン方式光ファイバージャイロ/電磁誘導方式 | ストラップダウン方式光ファイバージャイロ/電磁誘導方式 |
制御システム | ピッチ・ヨー | 可動ノズル | 可動ノズル | 可動ノズル |
ロール | 小型固体ロケットモータ | 小型固体ロケットモータ | サイドジェット |
[編集] 実績
機体 | 打上年月日 | 衛星名 | 正式名 | 目的 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1号機 | 1997年2月12日 | はるか | MUSES-B | 電波天文衛星 | 成功。 |
3号機 | 1998年7月4日 | のぞみ | PLANET-B | 火星探査機 | 成功。ただし、探査機は2003年に火星軌道投入失敗。 |
4号機 | 2000年2月10日 | ASTRO-E | X線天文衛星 | 失敗。1段目の異常燃焼による速度不足のため。 | |
5号機 | 2003年5月9日 | はやぶさ | MUSES-C | 工学実験衛星 | 成功。実質は小惑星探査機。 |
6号機 | 2005年7月10日 | すざく | ASTRO-EII | X線天文衛星 | 成功。 |
8号機 | 2006年2月22日 | あかり | ASTRO-F | 赤外線天文衛星 | 成功。 |
Cute-1.7+APD | 超小型衛星 | 成功。サブペイロード。 | |||
SSP | ソーラーセイル | 成功。サブペイロード。 | |||
7号機 | 2006年9月23日 | ひので | SOLAR-B | 太陽観測衛星 | 成功。 |
HIT-SAT | 超小型衛星 | 成功。サブペイロード。 | |||
SSSAT | ソーラー電力セイル実証小型衛星 | 成功。サブペイロード。 |
- 2号機 - 搭載するLUNAR-Aの開発が非常に遅れたことから、1段目と3段目を6号機に流用。2段目は4号機の失敗を受けて使用中止に。
[編集] 廃止により変更された予定
[編集] M-Vロケットの廃止をめぐる議論
M-VロケットとH-IIA/H-IIBの2系統のロケットを維持・開発している現在の JAXA の運用体制について、現行の M-V を廃止して新型の固体燃料ロケットを開発するなどの新体制の検討を JAXA が開始したという報道が2006年3月になされた [1]。
この背景には約65億円で2t以下という M-V の打上げコスト及び打ち上げ重量単価の高さという問題点があり、開発中であるGXロケットによる打ち上げ重量単価の比較をした場合の差を問われているという現実がある。
そのため JAXA の外においても廃止・存続を含む様々な議論が行なわれている。 その案としては、
- H-II系のSRB-Aブースタを1段目に使用すべき。(J-1での失敗を忘れている)
- H-II系とGXロケットに集約すべき。
であり、その上に内之浦宇宙空間観測所の閉所と種子島宇宙センターへの集約も検討されたが、内之浦を中心に運用していくことが決定している。
2006年7月、M-Vロケットの廃止が決定された。今後開発予定の衛星は総重量500Kg程度に抑える予定で、打ち上げ能力が大きいM-Vロケットは、能力過多と判断され、一度の打ち上げに対するコストも見合わなくなったため。そのかわり、小型衛星向けの新型ロケットの開発が2007年度から予定されている。
新型ロケットの第一段にSRB-A、第2段にM-34(M-Vの第三段モーター)を使用し、低軌道打ち上げ能力500kgを目指す。また、第3段を追加して、低軌道打ち上げ能力を1.3tに増やす計画もある。
低軌道打ち上げ能力 | 製造コスト*1 | 低軌道1t当たりの価格 | |
---|---|---|---|
M-Vロケット | 1.85t(公称) (実際は2.3t) |
64億円 | 約28~34億円 |
小型衛星向け 新型ロケット |
500kg(予定) | 25億円(予定) | 50億円(予定) |
H-IIAロケット 202型機体 |
10t | 85億円(公称) (実績では90~96億円) |
8.5~9.6億円 |
*1 ロケットの製造コストのみで、輸送・打ち上げ費用を含まない
以上はM-Vロケット、JAXAが今後新規開発する予定の新型ロケットと現在運用しているH-IIAロケットの打ち上げ能力及び製造コストの表である。注目すべきは1t当たりの価格で、新開発ロケットのほうが重量当たりのコストが高くなる。また新開発ロケットは開発費用に120億円かかると計画されている。JAXAが中型向けと位置づけているGXロケットの開発費用は347億ともいわれ、開発は難航している。
ちなみにM-Vロケットのプロジェクトマネージャー(開発責任者)であり、新型ロケット開発の中心となる森田泰弘教授は、M-Vロケット7号機の打ち上げ後の記者会見で、新たなロケットの形態はまだ決まっておらず、SRB-A利用はその中の有力な選択肢の一つに過ぎないという見解を示した。また、小型ロケットの次の段階でM-Vサイズの後継機を開発したいとした。
[編集] その他補足事項
M-Vの信頼性確保という観点で、衛星打ち上げ時のフェアリング内部と外部の気圧差による動作不良などが発生しない事を事前に検証するため、2004年2月まで富士通のVPP-800/12が稼動していたが、3月からNEC製のより高性能なスーパーコンピュータ(HPC)SX-6の複数ノード構成によるシミュレータが稼動している。
これらのシミュレータを利用する事により、今まで以上のコスト低減が図られるものと予想されている。
[編集] 関連項目
- 宇宙航空研究開発機構(JAXA)
- 内之浦宇宙空間観測所
- 臼田宇宙空間観測所
- 宇宙開発
- ロケット
- 宇宙科学研究所
- M-4Sロケット
- M-3Cロケット
- M-3Hロケット
- M-3Sロケット
- M-3SIIロケット
- 宇宙航空研究開発機構
- 宇宙科学研究所
- 人工衛星
- PLANET計画
- 惑星探査機
- LUNAR-A
[編集] 外部リンク
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