青森県立八戸高等学校
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青森県立八戸高等学校 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 青森県 |
校長 | 袴田健志 (在職2005年4月1日- ) |
設立年月日 | 1894年7月4日 (青森県尋常中学校八戸分校創立) |
校風 | 「文武両道」 「質実剛健」 「自主自立」 |
網領 | 一 須ク自重スベシ 一 唯本分ニ向カッテ猛進セヨ 一 師ヲ敬シ友ヲ愛セヨ |
創立記念日 | 9月29日 |
共学・別学 | 共学校 |
所在地・連絡先 | |
所在地 | 〒031-0021 |
青森県八戸市長者4-4-1 | |
電話番号 | 0178-44-0916 |
FAX番号 | 0178-47-9361 |
外部リンク | 八戸高校公式サイト |
青森県立 八戸高等学校(あおもりけんりつ はちのへこうとうがっこう)は、青森県八戸市長者にある、全日制共学の県立高校。
県民からは「八高(はちこう)」の名で親しまれている。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 略歴
明治22年、青森にあった青森県尋常中学校(後の弘前高校)が弘前の士族の誘致活動の末に移転したのを機に、県南三戸地区の代議士有志が誘致活動を展開し、明治26年青森県尋常中学校八戸分校として創立する。以後、第二尋常中学校、第二中学校、八戸中学校、八戸高校と名称を変えながらも、多くの優秀な人材を輩出してきた。
卒業生の主な進路はほとんどが大学等への進学。大学合格実績が高く青森高校・弘前高校と共に、『青森県の御三家』と呼ばれ、青森県のトップ3校の一角を占めている。
同校は盛岡第一高校、秋田高校、山形東高校、仙台第二高校、福島高校の五高校と共に「東北六校会」を組織、この中でデータやノウハウを共有し合って大学受験のために活動している。 主な大学進学先は東京大学、東北大学、弘前大学、岩手大学など。
また「文武両道」の精神に基づいて、硬式野球では青森県勢初の甲子園出場を果たし、他に軟式野球・アイスホッケー・バスケットボールなどのスポーツや、演劇・放送などの文化活動でも青森県のリーダーシップを取り、輝かしい足跡を残す。
全国でも非常に少なくなった昔からのバンカラ応援団が今でも息づいている学校で、八高名物『イカ踊り』は有名。
そのユニークな応援方法がウケて、V6の『学校へ行こう!』やネプチューンの『力の限りゴーゴゴー!!』など、人気のバラエティ番組に取り上げられたほどである。
[編集] 校風
「文武両道」
「質実剛健」
「自主自立」
[編集] 網領
一 須ク自重スベシ(すべからくじちょうすべし)
一 唯本分ニ向カッテ猛進セヨ(ただほんぶんにむかってもうしんせよ)
一 師ヲ敬シ友ヲ愛セヨ(しをけいしともをあいせよ)
[編集] 交通
JR八戸駅よりタクシー20分
JR本八戸駅より徒歩25分
[編集] 八高の森
昭和51年、生徒の健康管理に役立つようにと、生徒のキャンプ用地の取得を考慮、隣接する八戸市南郷区字大森に108,200㎡(11町歩)を購入。八高の森と呼ばれている。しかし、通常使用されることは少ない。
[編集] 沿革
- 明治26年(1893年)青森県尋常中学校八戸分校として創立。校舎を八戸町八幡町(今の内丸・八戸市庁)に設置
- 明治28年(1895年)青森県立第二尋常中学校と改称
- 明治32年(1899年)青森県第二中学校と改称
- 明治34年(1901年)青森県立第二中学校と改称
- 明治40年(1907年)八戸町糠塚に新たに1万坪の地を求め建築起工
- 明治42年(1909年)青森県立八戸中学校と改称
- 大正15年(1926年)野球部が青森県勢初の甲子園出場
- 昭和23年(1948年)新制高校に昇格
- 昭和25年(1950年)男女共学実施
- 昭和31年(1956年)硬式野球部がセンバツ甲子園に出場、最高ベスト4進出を果たす
- 昭和35年(1960年)生徒会誌『いしずえ』創刊
- 昭和40年(1965年)財団法人八高後援会設立
- 昭和48年(1973年)創立80周年記念式挙行
- 昭和51年(1976年)八高後援会『八高の森』購入
- 昭和58年(1983年)創立90周年記念式挙行
- 昭和60年(1985年)硬式野球部が5度目の夏の甲子園出場
- 平成5年(1993年)新校舎落成記念式兼創立100周年記念式挙行
- 平成6年(1994年)硬式野球部が6度目の夏の甲子園出場
- 平成8年(1996年)男女併せ募集実施
- 平成10年(1998年)八高の森に山小屋完成。後に『思惟山荘』と名づけられる
- 平成15年(2003年)創立110周年記念式挙行
[編集] 課外活動
[編集] 運動部
[編集] 文科部
[編集] 愛好会
[編集] 著名な卒業生
- 北山陽一(ゴスペラーズ)
- 坂本サトル(シンガーソングライター)
- 櫻田淳(政治学者)
- 大島理森(衆議院議員・自民党)
- 田名部匡省(参議院議員・民主党)
- 三浦哲郎(芥川賞作家)
- 梅内美華子(歌人)
- 三村申吾(青森県知事)
- 北村正任(毎日新聞社社長)
[編集] その他
岩手県を代表する名曲北上夜曲は、同校の生徒だった安藤睦夫(岩手県洋野町出身)が昭和16年に作曲。自然発生的に流行したが、昭和36年に同氏が名乗り出るまで作者不詳であった。
同校の施設である、八高会館(財団法人八高後援会所有)は建材にアスベストの含有が認められたため、使用が停止されている。立て替えが現在計画中であるが資金調達の目処が立っておらず、使用停止は長期間続くものと思われる。