約束手形
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
約束手形(やくそくてがた)とは、振出人が、受取人またはその指図人もしくは手形所持人に対し、一定の期日に一定の金額を支払うことを約束する有価証券のことである。略称・約手(やくて)。
手形にはもう一種類、為替手形もあるが、日本国内で流通する手形のほぼすべてが約束手形である。このため、一般に「手形」という場合、約束手形を意味すると見て差し支えない。以下の記述では約束手形の意味で「手形」と記載する。
約束手形は、証券と権利が強固に結合されており、その権利の発生、移転、行使というすべての段階において手形という証券を必要とするため、完全有価証券といわれる。
ジュネーブ統一手形法条約への加盟によって制定された手形法によって規定されており、加盟国の間では基本的に同様の法規が適用される。しかし、日本では2、3ヶ月程度の中期信用を担う手段として大いに流通する一方、他の加盟国においては日本ほど盛んに用いられてはいない。また実務上は全国銀行協会連合会が制定する当座勘定規則と銀行取引約定書の規制も重要である。
満期(支払期日)に手形金を支払えないことを「不渡り」というが、6か月以内に2回手形が不渡りになった場合には以後2年間銀行取引が停止される。これによって約束手形の振出人は事実上の倒産に追い込まれるため、必死の金策に走ることとなる。
目次 |
[編集] 手形の性質
手形は、以下のような性質のすべてを持つ有価証券である。
- 要式証券性:証券の記載と権利の内容を一致させる前提として、証券の記載が法定的に定型化されていること。
- 無因証券性と文言証券性を認めるための前提である。
- 文言証券性:証券の記載通りの効果が生じること(設権証券性からいって当然ではある)。
- これにより手形取得者は簡易な確認だけで証券の記載通りの効果を享受できるため、取引の安全に資する。
- 設権証券性:振出によって既存の権利とは別個の手形上の権利が生ずること。
- 無因証券性:手形の効力が原因関係の効力によって左右されないこと。
- 指図証券性:権利の移転のために裏書を要するということ。
- 民法における指名債権譲渡の特則として、簡易迅速な取引を可能とする。
- 呈示証券性:履行請求のためには証券を呈示しなければならないということ。
- 高度の流通性を持つ手形において速やかな権利者確定が可能となる。
- 受戻証券性:証券との引き換えによってのみ債務履行を請求できるということ。
また手形は高度の流通性が予定されているため、取引の安全(手形債権者を不測の損害から守る)が法律ないしその解釈によって図られる。
[編集] 使用目的
約束手形は、以下の目的で使用される。
- 商業手形(代金延べ払い)
- 手元に現金がない場合に、約束手形を振り出して代金に充てる方法である。企業取引は通常信用売買によってなされるが、通常の売掛債権よりも手形債権とした方が回収が確実視される。また、満期日まで実際の支払い期限が延長されるため、実質的に代金延べ払いの機能も有する。簿記用語(勘定科目)においては、受取手形あるいは支払手形と呼ばれている。
- 手形貸付
- 金銭を貸し付けるにあたって、借用書の代わりに、借主から貸主を受取人とする約束手形を振り出させることをいう。借主が支払期日に手形を決済出来ない場合は不渡となり、半年に2回不渡を出すと銀行取引停止処分となり倒産に追い込まれるため、最優先で決済することとなる。印紙代の節約にもなり、しばしば利用される。
- 融通手形
- まず、経済的信用のある者が約束手形を振り出したり、手形の裏書人になる。この手形をすぐさま金融機関において手形割引を受けて現金を確保させるために資金繰りに窮した者へ渡すという使い方をいう。手形振出の元になる経済的関係(原因関係)がなく、手形の支払いが拒絶されるなど、しばしば紛争を生じる。
[編集] 使用方法
手形を利用しようとする者は、まず銀行との間で当座勘定取引契約を結び、全国銀行協会連合会が制定する統一手形用紙を受け取る。本来、手形要件(手形として機能させるために必要な法定された記載事項)さえ満たしていればよく、手形用紙に制限はない。しかし、統一手形用紙を用いなければ銀行は割引などの取引に応じてくれないため、実務上は統一手形用紙による手形しか存在しないと言ってよい。
通説によれば、手形に署名し相手方に交付することを手形の振出という(なお、後述の手形理論を参照)。
手形は受取人(手形の振出を受けた者)から裏書譲渡によって転々と流通し、その所持人を変えてゆく。
満期が到来したら、そのときの手形の所持人は振出人(手形を振り出した者)に支払いを求めるため、手形を呈示する。すると、振出人から手形に記載された金額が、呈示された手形と引き換えに支払われる。
[編集] 手形の振出
手形は振出されることによって権利が生じる(設権証券性)。しかし、何を持って「振出」と考えるか、その法的構成については大きな対立があり、判決例・通説たる契約説(交付契約説)と、有力な反対説である創造説(二段階創造説)とがある。この対立は交付欠缺の事例(後述)において先鋭化する。
[編集] 交付欠缺と手形理論
交付欠缺(こうふけんけつ)とは、振出人が手形に署名したが、受取人に交付する前に盗難などに遭い、その後その手形が振出人の意思に反して流通に乗せられてしまった場合のことを言う。手形は作成されたが、交付されていないのである(「欠缺」とは「不存在」の意)。
この場合、勝手に流通してしまった手形も有効な手形であるとして手形に署名した者を振出人として手形上の債務を負わせることができるのかどうかが問題となる。
手形は作成された時点で手形振出があったと考えれば(この立場を創造説という)、署名者は振出人として手形上の債務を負うことになる。一方、手形が作成されただけでなく、交付されなければ振出があったとはいえないと考えれば(こちらの立場を交付契約説という)、署名者は振出人としての責任は負わないことになる。
前者の創造説によると、取引の安全が正面から確保される一方で論理的矛盾や過度の擬制を伴うという批判や、例外的事例に対処するために原則論をゆがめるものであるとの批判がある。
一方、後者の交付契約説をとると、善意の手形所持人(交付欠缺を知らずに手形を取得した者)が予期せず不利益を被ることになる。
そこで、交付契約説を前提としながらも、交付欠缺があったことについて善意無重過失であれば、交付欠缺がある場合の署名者も振出人としての責任を負うという権利外観理論が提唱された。この交付契約説+権利外観理論が通説であり、判決例も認めるところである(最高裁判所第三小法廷昭和46年11月16日判決 民集25巻8号1173頁)。
[編集] 手形の譲渡
裏書譲渡の頁を参照のこと。
[編集] 手形のジャンプ
約束手形の支払期日までに資金が調達できない場合、振出人が、受取人またはその指図人もしくは手形所持人に対し、支払期日の延長を依頼することを商取引においては「手形のジャンプを依頼する」と表現する。
方法としては、振出人がその約束手形を回収すると同時に、新たな支払期日を設定した約束手形を振り出す(書き換え)、又は、約束手形の支払期日を訂正するものがある。
約束手形のジャンプの要請は、振出人にとっては自己の決済資金不足(予測)を露呈するという信用低下のおそれを犯してまで、緊急、想定外の行為として行うのであり、その後の決済不能(不渡り)、倒産・破産という事態に進行する前兆であるとも言える。従って受取人等はこれに応じるかどうかは慎重に行うべきものであるが、応じないことにより一気に資金繰り悪化に至るケースや、逆に、応じたことにより他の債権者に後れ、自己の債権を回収できないケースもあり、まさにケースバイケースである。
[編集] 不渡り
手形を振り出した企業の経営状態が厳しくなり、手形の決済資金が底を尽き、決済が出来なくなった手形をいう。これは銀行などが資金的な援助をしなくなったということで、実質的な倒産状態に陥っていることを意味する。不渡り2回目で銀行取引が停止され、いわゆる「倒産」となり、手形は価値の消滅した紙くず同然のものとなる。