痴漢冤罪
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痴漢冤罪(ちかんえんざい)とは、痴漢行為をしていない者が、誤認又は個人的な怨嗟などの事由で痴漢行為者として疑いをかけられ、結果として警察や司法機関により不当な処遇・処分を受けることをいう。また、それによる社会的制裁も含まれる場合がある。
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[編集] 概要
社会的に、女性を痴漢から守ろうとする動きが高まる中で、痴漢行為をしていない者が告発され、無実の罪を着せられるという痴漢冤罪事件が発生し社会問題となった。その背景には、痴漢行為そのものが痴漢被害者による誤認が起こりやすい犯罪類型であることと、誤認された者(痴漢冤罪被害者)の反証が採用されない問題などがあるとされ、日本の刑事司法の在り方が問われている。また、示談金目的の喝取や、個人的な怨嗟による冤罪事件も発生している。1990年代末からマスコミなどで頻繁に取り上げられるようになった。
なお、一般的に女性が痴漢被害者、男性が痴漢冤罪被害者となることが多いため、本文中では男性・女性といった表記が用いられているが、各被害者は性別に限定されるものではない。詳しくは痴漢を参照。ただし、女性の痴漢冤罪被害者は報道に見る限り皆無といっていいだろう。(そもそも女性の痴漢(いわゆる痴女)の存在そのものが認められにくい風潮にあるため)
重要なことは、意図的な誣告以外、加害者がその場に必ずいるということであり、その疑いを自分が受けてしまうことにある。したがって自分が疑われないように自己防衛することが必要である。
[編集] 問題点と改善された点
[編集] 問題点
本来犯罪は訴える側が「相手が犯罪をした証拠」を提出する必要がある。しかし痴漢の場合は訴える側に証拠を提出する必要がない。「この人が痴漢をした」と証言するだけで犯罪が成立する。そして訴えられた方が「痴漢をしていない証拠」を示す必要があるが、これは悪魔の証明であり、痴漢をしていないことを証明するのは非常に難しい。このような構造になった経緯は、もともと日本では軽微な性犯罪であるとみなされた痴漢に対する社会的サンクション(制裁)が軽視されていて、弱い立場の女性が泣き寝入りすることが多く、これを是正するために警察や裁判所が女性を守ることに重点を置いた対応をするようになったことがある。
痴漢行為の冤罪を主張し否認を続けた場合、警察・検察により長期間勾留され、容疑を認めるまで解放されない。否認し続ければ会社や学校にも行けない日が続く。容疑者としての拘留であっても周囲に知識がなければ拘留=逮捕=有罪確定と思われる。そのため実際には痴漢をしていないのに早く帰りたい一心で、してもいない痴漢を認める場合が多い。この場合、前科がつき3~5万円の罰金を支払うなど、痴漢冤罪被害者が事実上の泣き寝入りとなることが問題視されている。この場合、再犯を犯さない限り犯罪の事実は社会に公表されることはなく、普通の社会生活を送ることが可能である。前科は生涯付いて回るのではなく一定期間すれば記録には残らない。また、最終的に冤罪であると認められた場合でも、裁判の判決まで1~2年を要するため、その間、周囲の人間に白眼視されたり、会社から辞職を勧告されるなどの、社会的および個人的な不利益を被ることが問題である。それらにより、痴漢冤罪被害者が心身を患い、社会復帰が困難な状況となるケースもある。
一方で事件の冤罪を主張する裁判の過程で法律知識も持たない被害者の女性が被告側の百戦錬磨の弁護士から激しい叱責を受け痴漢の被害以上の精神的な苦しみを味わうこともある。痴漢の加害者と同じく周囲から白眼視される可能性も否定できない。
犯罪の形態上、痴漢で逮捕された被疑者の大部分が事実を否認する。現在の冤罪事件が注目される中で痴漢を実際に行っていたのにもかかわらずあえて冤罪を主張するという危険性も指摘されている。その結果、本当の冤罪者の真実が埋もれてしまう。
[編集] 改善された点
痴漢冤罪に対する世論の高まりと共に、痴漢被害を主張する者の衣服の指紋の採取やDNA鑑定等の、客観的証拠が求められるようになり、これらの物的証拠は、起訴段階もしくは審理において重要視されるようになりつつある。また、判例においても痴漢冤罪が認められるケースが増えつつある。
[編集] 痴漢冤罪に対する有識者の見解
社民党の福島瑞穂は、深夜の討論番組(「朝まで生テレビ!」)で「痴漢事件には必ず加害者が存在するのであるから、冤罪者が出る危険性もあるが、女性の人権擁護を第一義的に考え、そのリスクは社会的コストとして受け入れるべき」と主張した。 女性に対する痴漢事件の加害者としては圧倒的に男性が多く、従って冤罪を科せられる可能性はほぼ男性に限られ、それを社会的コストの範疇であるとした主張は、女性の人権擁護は男性に対する(冤罪という)人権侵害に優先するとの見解を示したもので、弁護士資格も持つ公党の党首の発言として、社会的に注目される。だがこれ以降党首は、このことについて言及や訂正や謝罪を行っていないので、上記の発言が公党としての人権に対する公式見解なのか今のところ定かではない。
同様の主張は、福島だけでなく、他の女性文化人にも認められる。そのような日本女性の根底にある日本男性への偏見(男性差別)や男性の人権を軽視する風潮が、そもそもの痴漢冤罪の根底をなしているとの主張もある。また近年の日本では、男性を蔑視する者が、女性からの支持を受けやすいこともあり、(男女ともに)文化人の中には敢えてそのような男性差別的な発言を行う者もいるとの主張もある。
また北原みのりは自身のサイトで「たとえばレイプを扱ったポルノの『表現』に対して痛みを感じる気持ちは、痴漢の冤罪で捕まった男の気持ちよりも社会的に低く思われてるんじゃない? 」と痴漢冤罪被害男性の被る不利益を不謹慎ポルノ視聴時の不快感と同レベル以下へと貶めてる主張を展開した。
ただしこれらの発言は、痴漢を女性に対する男性の暴力の歴史的または社会的構図に対する告発として捉えた場合、それなりの合理性は認められるとする少数意見も存在する。
しかし、前述のように示談金目的の喝取や、個人的な怨嗟によるいわゆる加害者が存在しない冤罪事件もあるのだが、福島をはじめ他の女性文化人もこれらの件については何もコメントしていない。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 鈴木健夫『ぼくは痴漢じゃない!―冤罪事件643日の記録』 新潮社〈新潮文庫〉、2004年、ISBN 4101012210。