悪魔の証明
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悪魔の証明(あくまのしょうめい)とは、モノ・行為の存在を巡って、「あること」に比較して「ないこと」を証明することが極めて困難であることを比喩する言葉である。言うなれば、「悪魔の最高の知恵は、存在しないと思わせること」である。
後記のようにローマ法に由来する用語であるが、もともとの意味からは変容している。
もっとも、物事の有無とは無関係に、単に証明が極めて困難であること又は不可能であることの比喩として用いる場合もある。
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[編集] 一般的な用法
「あることの証明」は、特定の「あること」を一例でも提示すれば済む。しかし、全称命題を対象にする「ないことの証明」は、全ての存在・可能性について「ないこと」を示さねばならない。すなわち、「ないことの証明」は「あることの証明」に比べ、困難である場合が多い(検証と反証の非対称性)。
例題:第二次世界大戦では鎖鎌を武器にした兵士がいた。 これを「ないこと」として否定する場合は第二次世界大戦に参加した人間全てを調べなければいけない。しかしそんな調査は実行不可能である。一方一人でも鎖鎌を使ったと言う人間が居れば他の人間は一切調べる必要がないので、あることを証明することはとても容易い。 このため、議論においては、「ある」と主張する側が、「ある」を証明すべきであると言われることがあり、このようなルールにも、一定の合理性があると言える。
科学における証明は「ある」と主張する肯定側が根拠を提示するところから始まる。同時に、「ある」ことの根拠が提示されない主張は検討に値する主張と扱われない。根拠を提示することなく無限に発せられる荒唐無稽な主張に対して、否定する側が全ての可能性を反証しなければならないというのは不合理だからである。ただし、「ある」と主張する側が適切な理由を提示できる場合は、「可能性が極めて低いが完全には否定できない」「存在の可能性を考慮しても良い」などとされる場合もある。
[編集] 対象
悪魔の証明という言葉は、主に次のような形の主張への攻撃または批判の道具として使われる。
- 「月の裏側にウサギがいないという証拠は無い」→「だから月の裏側にウサギはいる」
しかしこのような主張を認めると、ほぼどんな物でも存在すると言えてしまう。それらは一般化すると、「○○という説が間違いである、とは誰も言えない」から一気に飛躍して「だから○○という説は正しい」と変化する形の主張、として括る事が出来る。
[編集] 語の由来
「悪魔の証明」という語は、ラテン語の probatio diabolica の日本語訳である。
この語はもともと、中世ヨーロッパの法学者が、「古代ローマ法において所有権の帰属を証明することが極めて困難であった」という学説を主張するにあたり、比喩として用いたものである。
所有権の帰属を証明するためには、前の所有者から所有権を譲り受けたことの証明を要するとされている。ところが、前の所有者にそもそも所有権が帰属していたことについて争われた場合は、その者が更に前の所有者から所有権を譲り受けたことの証明が必要になる。更にその前の所有権が争われた場合はその前の…と、無限後退に陥ってしまう。このようなことから所有権の証明は極めて困難であったと説明するのである。もっとも、これに対しては、所有権の帰属を証明するためには、不法な取得原因が1つも存在しないことを証明しなければならなかったと説明する見解もある。
なお、現代でも、所有権の帰属を証明するには、前の所有者から所有権を譲り受けたことの証明を要するとされている。しかし、権利の外観を信頼した者を保護する制度(権利外観法理)などにより、所有権の証明において、悪魔の証明が問題となる事態はほとんど生じない。
[編集] 関連項目
- ヘンペルのカラス:「悪魔の証明」と同じく、「ない」事の証明が困難な事を(暗に)利用した、見かけ上の逆理。
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