燃料電池
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燃料電池(ねんりょうでんち、 英Fuel Cells)は、水素と酸素などによる電気化学反応によって電力を取り出す装置である。外部から水素などの燃料と酸素を供給し続けることで、継続的に電力を供給することができるため、乾電池や二次電池などの電池よりもむしろ発電機に近い。しかし、熱機関を用いる通常の発電システムと異なり、化学エネルギーから電気エネルギーへの変換途上で熱エネルギーという形態を経ないため、カルノーサイクルの制約を受けない。そのため発電効率が高く、ノートパソコン、携帯電話などの携帯機器から、自動車、民生用・産業用コジェネレーション、発電所まで多様な用途・規模をカバーするエネルギー源として期待されている。また、燃料電池で発生した電力を列車のモーターに供給し、動力として用いればディーゼル機関車の代替となる他、路面電車では給電施設の必要がなくなって路線拡張が容易になり、また、パンタグラフ分のトンネル断面を小さくすることが出来るため地下鉄建設費用を圧縮できるなど、様々な利点が考えられる(JR東日本と鉄道総合技術研究所が実用化に向け研究中)。
燃料電池には様々な燃料が用いられるが、主として水の電気分解の逆反応である 2H2 + O2 → 2H2O によって電力を取り出す場合が多い。用いられる電気化学反応、電解質の種類などによって燃料電池は幾つかのタイプに分けられる。なかでも固体高分子形燃料電池は室温動作が可能かつ小型軽量化が可能であるため、携帯機器、燃料電池自動車などへの応用が期待されている。
[編集] 種類
燃料電池の開発段階に応じて、リン酸形燃料電池を第一世代型燃料電池、溶融炭酸塩形燃料電池を第二世代型燃料電池、固体酸化物形(固体電解質形)燃料電池を第三世代型燃料電池と呼称されていた時期もある(主として1980~90年代)。しかしながら、固体高分子形燃料電池が開発の主役となってから、この呼称が用いられることはほとんどない。
- 固体高分子形燃料電池(PEFC)
- 固体高分子形燃料電池を参照。
- アルカリ電解質形燃料電池(AFC)
- 水酸化物イオンをイオン伝導体とし、アルカリ電解液を電極間のセパレータにしみこませてセルを構成する燃料電池。最近では、PEFCと同様、高分子膜を用いるタイプも報告されている。最も構造が簡単であり、アルカリ雰囲気での使用であることから、ニッケル酸化物等の安価な電極触媒を利用することができること、常温にて液体電解質を用いることからセル構成も単純にできるため、信頼性が高く、現在宇宙用途などに実用化されている唯一の燃料電池である。一方、空気を酸化剤として用いると電解液が二酸化炭素を吸収して劣化するという難点がある。近年の燃料電池の研究開発上ではほとんど目を向けられることはないが、年少向けの教材から、アポロ計画・スペースシャトルまで広く「実用化」されており、決して過少評価されるべきものではない。アポロ13号における事故はこの燃料電池に供給する液体酸素供給系統において生じたトラブルに起因したものであり、燃料電池そのもののトラブルではない。
- リン酸形燃料電池(PAFC)
- 工場、ビルなどの需要設備に設置するオンサイト型コジェネレーションシステムとして市場投入(100/200kW級パッケージ)がなされている。電解質としてリン酸(H3PO4)を用いる。動作温度は200℃程度で、発電効率は、約40%LHV。すでに商用機にて4万時間以上の運転寿命(スタック・改質器無交換)を達成している(代表メーカー:東芝燃料電池システム・富士電機システムズ)。
- 溶融炭酸形燃料電池(MCFC)
- 火力発電所の代替などの用途が期待されている。天然ガスや石炭ガスを燃料として用いる。水素イオン(H+)の代わりに炭酸イオン(CO32-)を用い、溶融した炭酸塩(炭酸リチウム、炭酸カリウムなど)を電解質として用いる。動作温度は600℃~700℃程度。常温では固体の炭酸塩も動作温度近傍では溶融するため、電解質として用いることができる。PAFCの対抗馬として、250kW級パッケージが市場に投入されつつある。発電効率は約45%LHV。動作温度が高いため、PEFCやPAFCと異なり一酸化炭素による被毒の心配がなく、排熱の利用にも有利である。内部改質方式とされるが、プレリフォーミング用の改質器をシステム内に設置するのが一般的のようだ。(代表メーカー:Fuel Cell Energy(丸紅・川崎重工)、石川島播磨重工業)
- 固体酸化物形燃料電池(SOFC)--(別称:固体電解質形燃料電池)
- 火力発電所の代替などの用途が期待されている。天然ガスや石炭ガスなどを燃料として用い、動作温度は700~1000℃程度でMCFCよりも高く排熱の利用は更に有利であるが、高耐熱の材料が必要となる。また、起動停止時間も長くなりがちである。電解質として酸化物イオンの透過性が高い安定化ジルコニアやランタン・ガリウムのペロブスカイト酸化物などのイオン伝導性セラミックスを用いており、空気極で生成した酸化物イオン(O2-)が電解質を透過し、燃料極で水素と反応することにより電気エネルギーを発生させている(PAFCやPEFCでは水素イオンが発電反応に介在)。家庭・業務用1~10kW級としても開発されており、その発電効率は40%LHVを達成している(PEFCの最高値は公称37.5%LHV)。内部改質方式であり、改質器は不要とされる。触媒も特に必要ない。電極材としては導電性セラミックスを用いる。(代表メーカー:Siemens-Westinghouse、三菱重工業、東陶機器、三菱マテリアル(関西電力)、京セラ)
- ナトリウム-硫黄電池(NaS電池)
- 工場、ビルなどの需要設備に設置する負荷平準化を目的とした燃料電池。正極に硫黄・電解質にナトリウムイオン伝導体であるβ-アルミナ・負極にナトリウムを使用し、300℃程度で運転される。単価の安い夜間電力で充電し、昼間放電することにより電気料金の削減が期待される。(代表メーカー:日本ガイシ)
- *NaS電池・レドックスフロー電池は、一般的な分類としては二次電池・蓄電池であるが、再生型燃料電池として扱われる場合もある。
- バイオ燃料電池
- 食物からエネルギーを取りだす生体システムを応用した燃料電池。生体触媒(酵素)の働きにより糖分を分解し、電気エネルギーを取りだす。環境の変化に対しても安定して働く強力な酵素が不可欠であり、研究開発では、酵素の寿命を伸ばすことなどが課題となっている。実用化では、血液中の糖分を利用する体内埋め込み型ペースメーカーの開発、ノートパソコンや携帯機器の電源などへの応用が期待される。その他、光合成による植物の生体システムを応用した「太陽光バイオ燃料電池」の研究開発が行われている。
- *一般にバイオガス燃料電池と呼ばれる下水消化ガスやメタン発酵ガスを利用した燃料電池と混同しないように注意が必要である。
[編集] 歴史
燃料電池の歴史は古く、1839年にはイギリスのW.Groveが白金を電極、希硫酸を電解質としたグローブ電池により、水素と酸素から電気を取り出す燃料電池の原理を発明している。その後、長らく忘れられた技術であったが、アメリカの有人宇宙飛行計画であるジェミニ5号(1965年)で炭化水素系樹脂を使用した固体高分子形燃料電池が採用された。アポロ計画からスペースシャトルに至るまで燃料電池は電源、飲料水源として使用された。その際は材料の信頼性による検討の結果、アルカリ電解質形燃料電池が採用された。
民生用燃料電池として、住宅用のコジェネレーションシステムや発電施設向けに研究開発が続けられた。日本においては、通商産業省の省エネルギー政策(ムーンライト計画)に基づき、リン酸形、溶融炭酸塩形燃料電池、固体電解質形燃料電池の開発が始められた。1991年(平成3年)には、東京電力五井火力発電所で、出力1万1000kWのリン酸形燃料電池の実証運転が行われている。
1987年、カナダのBallard Power System Inc.がフッ素系樹脂(Nafion)を電解質膜に用いた固体高分子形燃料電池を開発した。この電解質膜の耐久性に優れていたことから、燃料電池が再び注目されるようになり、研究開発が盛んになる。
米国防総省と国防総省高等研究事業局(DARPA)のローレンス・H・デュボワは、様々な液体炭化水素(メタノール、エタノールなど)で動く燃料電池に可能性を見ていた。彼はそこで、南カリフォルニア大学(USC) のローカー炭化水素研究所に所属していた酸の世界的な専門家スルヤ・プラカッシュと、ノーベル賞受賞者のジョージ・A・オラーに声をかけた。USCはジェット推進研究所(JPL)、カリフォルニア工科大学の協力の下、液体炭化水素が直接酸化するシステムを発明し、その後これはダイレクトメタノール燃料電池(DMFC)技術と名付けられた。
1994年、ダイムラーベンツ(当時)が燃料電池自動車の試作車を発表した。また、トヨタは1997年の東京モーターショーに燃料電池自動車の試作車を発表し、2005年までに量産化することを宣言した。
2001年にはソニー、日立製作所、NECなどの日本の大手電気機器メーカーが相次いで携帯機器向けの燃料電池の開発を発表している。
2002年12月にはトヨタFCHVおよびホンダFCXの燃料電池自動車の市販第一号が日本政府に納入され、小泉純一郎首相が試乗を行った。現在は首相官邸と経済産業省で使用されているが、24時間のフルメンテナンス体制付きのリース使用となっている。2003年には都バスにトヨタ・日野製FCHVが納入(2004年末まで)、2005年には日野製愛知万博FCHV-BUSが納入。また、04年には日産も横浜市などへ納入した。
燃料電池の実用化には消防法や毒物劇物取扱法、電気事業法や建築基準法などの法的規制緩和が必要であるとされ、電気設備技術基準などの見直しが行われた。2002年10月にはアメリカ運輸省(DOT)が燃料電池の飛行機内持ち込みを許可するなど、燃料電池普及に向けた規制緩和の方針をいち早く打ち出している。また、安全基準や性能評価について国際的な基準制定の動きもある。
[編集] 参考文献
- 竹原善一郎監修『燃料電池技術とその応用』 2000年 (テクノシステム刊)
- 『日経エレクトロニクス』 2001年 10/22号 p117~p145 「今そこに燃料電池」
- 『日経エレクトロニクス』 2002年 6/3号 p59~p68 「燃料電池、携帯機器に載る」
- 『日経エレクトロニクス』 2003年 1/20号 p49~p55 「売るに売れない燃料電池」
- 『燃料電池2004』 2004年 (日経エレクトロニクス・D&M日経メカニカル・日経エコロジー合同別冊)
- 『燃料電池2005』 2005年 (日経BP社刊)