核分裂反応
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
核分裂反応(かくぶんれつはんのう、Nuclear fission)とは、不安定核(重い原子核や陽子過剰核、中性子過剰核など)が分裂してより軽い元素を二つ以上作る反応のことを指す。
不安定核は主に次の3つの過程を経て別の原子核に変わる。
- 電子もしくは陽電子を放出して僅かに軽い核になる。
- He核(アルファ粒子)を放出して少し軽い核になる。
- He核より重い大きな核(重荷電粒子線)を一つ以上放出してかなり軽い核になる。
このうち 1, 2 は一般には原子核崩壊(それぞれベータ崩壊、アルファ崩壊)といい、この核崩壊を起こす原子核は放射線を出す能力を持つ(放射能)。原子核分裂というと 2, 3 になるが、一般的には 3 の事を指す事が多い。
核分裂性物質の原子核が中性子を吸収すると、一定の割合で3の過程で核分裂を起こし、合わせて中性子を放出する。この中性子が別の核分裂性物質の原子核に吸収されれば連鎖反応が起こる。また、この崩壊過程は発熱反応である。この連鎖反応と発熱反応の性質を利用して一度に大量の熱を生成する事が出来る。これが原子力発電や原爆の基本原理である。
[編集] ウラン原子の核分裂
天然ウランには、核分裂を簡単に起こすウラン235と起こさないウラン234、ウラン238が含まれている。ウラン235に熱中性子を一つ吸収させると、ウラン原子は大変不安定になり、二つの原子核と幾つかの高速中性子に分裂する。
代表的な核分裂反応としては下記のようなものがある。
上式で元素記号の左肩に示した質量数は原子核の中に存在する陽子と中性子の和であり、右辺と左辺の核子数は等しいことがわかる。しかし、実際の原子核の質量は一般に陽子と中性子の質量の総和よりも小さい。この質量差を質量欠損と呼ぶ。質量欠損の実体は、特殊相対性理論の帰結である質量とエネルギーの等価性 E = mc2 で質量に換算される原子核内部の核子の結合エネルギーに他ならない。よって、分裂前と分裂後の質量の差は結合エネルギーの差であり、核分裂を起こすとこの質量の差に相当するエネルギーが外部に放出される。上記の過程の質量差をエネルギーに換算すると、ウランの核分裂反応で放出されるエネルギーはウラン原子一つあたり約200MeVとなり、ジュールJに換算すると3.2×10-11Jとなる。1グラムのウラン235の中には、2.56×1021個の原子核を含むので、1グラムのウラン235が全て核分裂を起こすとおよそ8.2×1010Jのエネルギーが生まれる事になる。
このウラン235は、天然ウランに0.72%、原子炉で使用するウラン燃料に3%~5%、原子爆弾に使用する高濃縮ウランには90%以上がそれぞれ含まれている。
[編集] 核分裂生成物
核分裂の過程で原子核が分裂してできた核種を核分裂生成物 (fission product) という。核分裂片ともいう。 通常は二等分になることはなく、一方が重く(質量数140程度)、一方は軽い(95程度)核になる。これは、分裂するときに魔法数(マジックナンバー)に近い安定な原子核になろうとするためだと解釈されている。
核分裂生成物がどの核種になるかはある確率で決まる。この確率を収率 (yield) という。核分裂する核種によって異なる収率分布をもっているので、核分裂生成物を分析すれば核反応を起こした核種が判る。
核分裂生成物は様々な核種の混合物であるが、総じて陽子数と中性子数との均衡を欠いており放射能を持つ。これらの放射性同位体は、陽子と中性子の均衡が保てるところまで放射壊変(主にベータ崩壊)を繰り返す。これらの半減期は様々で、1秒も経たないうちに崩壊するものもあるが、数日~数ヶ月に達する、やや長い半減期を持つものがある。それらは核分裂が起きた地点やその周囲にしばらく残留するため、その地域に立ち入った人間が吸い込んだり触れたりして被害を負うことにつながる。
第二次世界大戦末期に広島市と長崎市に原子爆弾が投下された後、家族や知人の行方を捜すために被害地域に立ち入った人々が重篤な放射線障害を受けたひとつの要因に、煙や砂塵とともにやや長い半減期を持つ核分裂生成物を吸入したことが挙げられる。さらに、直接体内に取り込まれなくても身体の周囲には大量の核分裂生成物が存在し、至る所で放射されるガンマ線にさらされていた。アルファ線やベータ線なら厚手の衣服で遮断することも可能であるが、ガンマ線は衣服を透過できるため、深刻な被害につながった。原爆が投下されたのは夏の真っ盛りであり、薄手の衣服しか着用していない状況では、露出した皮膚がアルファ線やベータ線の直撃を受けたことも被害拡大の一因となっていると考えられる。当時の人々がこのような現象についての知識は持っておらず、被害を予防・軽減するための方策はとりようがなかった。