末永直登
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末永 直登(すえなが なおと)は鹿児島県出身の全日本プロドリフト選手権(D1グランプリ)ドライバー。現在RE雨宮ワークスで大活躍している末永正雄は弟。
[編集] 略歴
デビューしたのは2002年。そのときは弟・正雄と同期でD1デビューを果たしたが、仕事の都合や資金面での問題でなかなか参戦できないことが多かった。そんな兄の実情をしりめに、正雄は2003年から活躍しはじめる。
しかし直登も2004年の中盤戦からようやくD1に参戦できる環境が整いはじめ、その年の第4戦、大分県・オートポリスの予選から参戦を再開した。まだまだマシンが熟成していないこともあってその年の予選通過暦はなし。D1ライセンスも剥奪されてしまう。
2005年は選考会からの出場となった。しかしその2005年こそ直登にとっての真の「デビューイヤー」となる。2月に熊本県・セキアヒルズDECサーキットにて行なわれたADVANドリフトミーティング(横浜ゴム主催)にて見事にD1ライセンスを再取得。4月の第2戦、東京都・お台場特設ステージの前の金曜日に栃木県・日光サーキットで行なわれた予選も無事に通過。本戦日へとコマを進めた。
単走でベスト16追走トーナメント進出者が決まる1回戦。直登は1本目から威勢のいい走りを見せるが、2本目で1コーナーのスポンジバリアに思いっきり突っ込む。フロントバンパーは大破。インタークーラーと前輪のアライメントに若干のダメージを残してしまうが、ラストとなる3本目では、前述の出来事によって少しばかり性能が下がってしまったマシンをじょうずに駆り、うまくまとめて追走トーナメント初進出を果たした。そして1回戦の相手はなんと正雄。そう、この瞬間に「D1グランプリ史上初めての兄弟対決」が実現したのだった。結果は2本目で正雄にオーバーテイクを決められ完敗したものの、この経験は直登をよりいっそう強くしてくれるものだった。そしてこの年から改正されたポイント制により、直登はD1グランプリ参戦史上初めてのポイントをも獲得する。
続く宮城県・スポーツランドSUGO国際本コースで行なわれた第3戦では、第2戦に続いての本戦出場となったが、3本とも「インに入りすぎ」との厳しい評価を受けて1回戦落ちをしてしまう。第4戦の地元開催でもあるオートポリスは予選落ちだった。第5戦の福島県・エビスサーキット南コースでは予選→一回戦と順調に突破していった。追走ではまず黄色のFC3S(マツダ・RX-7)を駆るドリフト侍と対戦。この年はEMSからHPIに移籍した選手だ。1本目はかなりインに入りこんでアドバンテージ。2本目は侍のアンダーによる自滅で初のベスト8進出を決めた。ベスト8の相手はこの年からBee★RacingのBNR32(日産・スカイラインGT-R)のハンドルを握る手塚強と当たった。手塚は今大会ではノリノリの存在であり、野村謙や織戸学らが試みて成功した「最終コーナーからのつなぎ」もノリノリの状態で難なくキメている今大会きっての難敵だ。直登は1、2本目とも手塚の迫力の前に屈した。しかし自身初のベスト8進出を決めた収穫は大きかった。
第6戦の静岡県・富士スピードウェイ本コースでは予選落ち。最終戦の茨城県・筑波サーキットTC2000では予選前日に車両盗難に遭ってしまい、友人から借りてきたRPS13(日産・180SX)で参戦するも、やはり借り物マシンでは勝手がちがうようで予選落ちしてしまった。しかし本戦初進出・初ポイントゲット・追走初勝利といった具合に、直登の「真のデビューイヤー」は初モノづくしで終わった。
2006年からは埼玉県の会社を退職し、エビスサーキットの支配人である熊久保信重がオーナーであるエビスサーキットへ転職。同時にマシンもGC8(スバル・インプレッサ)にチェンジ、先にD1デビューを果たした熊久保のGDB(スバル・インプレッサ)や熊久保の盟友である田中一弘のGDBと同様にリアにラジエターを積み、JUNオートメカニック製作のEJ25T67-25G仕様エンジンを積む。当然後輪を滑らせるドリフト走行がD1グランプリの真骨頂なのだから、インプレッサやスカイラインGT-Rなどの4WD勢はこぞってセンターデフを取り払い、メンバーを強化。なかにはFFベースということもあるので、ドライブシャフトも強化してある。この直登GC8も例外ではなく、メンバーやドライブシャフトはGT-R用を流用して強化。課題となった切れ角アップはGF系インプレッサのタイロッドやナックルを持ってくることで、シルビアに強化タイロッドをつけたかのような切れ角を達成している。
実質このマシンの投入は第2戦にズレこんでしまったため、開幕戦のアメリカ・アーウィンデールスピードウェイでは昨年のD1日米オールスターでも乗りなれたECR33(日産・スカイライン)で乗り込むも、本戦では引っかかってしまって痛い原点を喫し敗退してしまった。そしてGC8が投入された第2戦のスポーツランドSUGO。本戦は角度のあるドリフトを見せて通過するも、ベスト16での対熊久保戦ではマシンの素性をまだ完全に把握したわけではなかったのでスピードが出せなかった。1回戦での最高速は直登は152km/h、対する熊久保は159km/hを誇る。この7km/hの差は体感するほど大きく感じとれる。直登は1本目、1コーナーの侵入で熊久保の鮮やかなフェイントに引っかかってしまい戻ってしまう。2コーナーから先で取りもどそうとしたがカンペキに入りこめておらずアドバンテージは熊久保。2本目は今度は直登が速度が遅いのを逆手にとってフェイントを敢行。熊久保は想像以上の合わせづらさにこらえきれずに戻ってしまう。しかしそこかさ先でカンペキにサイドロックオン状態に持っていかれてしまい敗退する。
第3、4、5戦はいずれも予選からの出場だったが、地元開催のオートポリスで本戦出場があっただけで、まだGC8初の追走勝利にまではこぎつけていない。だがマシンはよくなっていくことなので、これからの反撃に期待したい。