三國連太郎
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三國連太郎(みくにれんたろう、1923年1月20日 - )は日本を代表する俳優である。本名、佐藤政雄。群馬県太田市生まれ、静岡県賀茂郡松崎町出身。
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[編集] 人物
- 最終学歴は豆陽中学校(現在の静岡県立下田北高等学校)卒(工業専門学校卒であるにもかかわらず、映画界入りに際して「旧制静岡高校から東京帝大卒」と詐称。のち芸能ジャーナリズムに学歴詐称を暴かれた経歴あり)。
- 養父が被差別部落の出身であることを公表しており、差別問題に関する著作、講演活動等も行っている。
- 役者バカであり、奇人ともされる。老人役の役作りのため全ての歯を抜いたエピソードはよく知られている。特に粗暴な人物役を抱えた時期の三國はプライベートでも役にハマりこんでしまい誰もが近づき難い状態ということは度々であった。
- ただしオフの三國は親しい映画関係者の複数証言によると「言動も穏やかで、酒ものまず、饅頭など甘いものが好物の、言動も仏様の様な大人しい人物」。撮影所で役者・スタッフの安全のために釘を拾っていたという逸話からもオフの三國の人柄がしのばれる。
- 結婚を4度経験。俳優佐藤浩市は2番目の妻との間に出来た実の息子。その他にも太地喜和子(故人)、石田えりらとロマンスが取りざたされたことがあった。
- 現在静岡県沼津市在住。近隣の三島市にある、『本町うなよし』で見かけられることが多いという。
- 宮崎交通を経て1950年松竹大船撮影所に研究生として入り、1951年木下恵介監督『善魔』の主役でデビュー。役名の「三國連太郎」を芸名にする。以後、「ビルマの竪琴」(1956)、「飢餓海峡」(1965)、「はだしのゲン」(1976)、「ひかりごけ」(1992)など社会派ドラマの主役や「未完の対局」(1982)、「大河の一滴」(2001)、「三たびの海峡」(1995)など中国を中心にした国際合作、「犬神家の一族」(1976)、「野性の証明」(1978)、「マルサの女2」(1988)などカリスマ的役柄で、圧倒的存在感をスクリーンに残す。1986年、「親鸞・白い道」を製作、自ら監督にあたり、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞。最近では「釣りバカ日誌」シリーズ(1988~)で活躍。"スーさん"の愛称で親しまれている。だが本人はあまり釣りが好きではないと言う。
- 映画美味しんぼでは、息子・佐藤と共演。その後笑っていいともに出演した際には「佐藤浩市くんの演技がよかったです」とコメントした。
[編集] 主な出演作品
[編集] テレビ
- どたんば(NHK 1956)
- 太陽の子(1961)
- 剣(1967)
- 必殺仕掛人(1972)
- 赤い運命(1976)
- 火宅の人(1979)
- 赤い死線(1980)
- ザ・スキャンダル(1983)
- 冬の旅~ベルリン物語~ (1991)
- 関が原(TBS 本多正信役)
- 「森田一義アワー笑っていいとも!」(フジテレビ系)
- 恍惚の人(2006)
[編集] 映画
- 善魔(1951)
- 警察日記(1955)
- ビルマの竪琴(1956)
- 大いなる旅路(1960 岩見浩造役)
- 大いなる驀進(1960 松崎義人役)
- 宮本武蔵(5部作 1961~ 沢庵宗彭役)
- 切腹(1962 斉藤勘解由役)
- 無法松の一生(1963,無法松こと富島松五郎役)
- 飢餓海峡(1965)
- にっぽん泥棒物語(1965)
- 新選組(1969 芹沢鴨役)
- 野獣都市(1970)
- 戒厳令(1973 北一輝役)
- 金環蝕(1975)
- はだしのゲン(1976)
- 犬神家の一族(1976)
- 八甲田山(1977)
- 霧の旗(1977)
- 皇帝のいない八月(1978)
- 野性の証明(1978)
- 復讐するは我にあり(1979)
- セーラー服と機関銃(1981)
- 未完の対局(1982)
- 人間の約束(1986)
- マルサの女2(1988)
- 釣りバカ日誌シリーズ(1988~)
- 利休(1989 千利休役)
- ひかりごけ(1992)
- 夏の庭(1994)
- 三たびの海峡(1995)
- 美味しんぼ(1996)
- 生きたい(1999)
- 大河の一滴(2001)