サザエ
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サザエ | ||||||||||||||||
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サザエ(有棘型) |
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分類 | ||||||||||||||||
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学名 | ||||||||||||||||
Turbo cornutus Lightfoot, 1786 |
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和名 | ||||||||||||||||
サザエ | ||||||||||||||||
英名 | ||||||||||||||||
Horned Turban |
サザエ(栄螺)Turbo cornutus もしくは Turbo (Batillus) cornutus は、腹足綱古腹足目サザエ科(別名:リュウテンサザエ科)に分類される巻貝の一種。サザエ亜属 Batillus Schumacher, 1817のタイプ種。壷焼きでよく知られ、日本人には非常に馴染み深く、水産上重要な貝の一つである。棘のある殻も特徴的であるため、各種の意匠や比喩などに利用されてきた。小型のものは「姫さざえ」の名で売られることもあるが、そのような種があるわけではない。
目次 |
[編集] 形態
殻は大型で、殻高、殻径ともに10cm以上になる。殻に棘があるものと無いものがあり、それぞれ有棘型、無棘型と呼ばれるが、棘の発達の度合いは色々あり、成長の途中から棘が出たり、あるいは消失したりする場合もある。棘の発達した外海の個体を水流のない水槽などに移して飼育すると、その後は多くの個体で棘を形成しなくなり、逆に棘の発達しない個体を外海に放流すると棘を形成することが知られいてる。このため、かつては「波の荒い外海に棲む個体は流されるのを防ぐために棘を形成し、波の荒くない内海ではその必要が無いため棘無しになる」という説があった。しかし、実際には波の荒い地域であってもトゲ無しの個体が確認され、またその逆の場合も存在し、飼育実験でも個体によっては棘の有無と水流とが合致しない例もあることから、棘の有無には環境要因と遺伝的要因の両方が関与しているのではないかと考えられるようになった。
体の表面には黒褐色の細かい線状の斑紋が多くあるため、全体に黒っぽい。頭部には1対の触角があり、その基部近くの外側には眼が、内側には眉毛のような肉質のひさしがある。足は筋肉質でよく発達しており、蹠面(せきめん:足の裏面)は黄土色~橙色。全体が縦の溝で左右2つに分かれていて、これを左右交互に動かしながら前進する。足の後方背面には厚い石灰質の蓋を持つ。本来の蓋は、裏側に見える褐色で緩やかな螺旋状を呈するクチクラ質のもので、その表面に二次的に炭酸カルシウムが沈着しているのである。この石灰質の表面に緩やかな渦巻き状のウネと多数の細かい棘~イボ状突起があるのがサザエの特徴である。サザエ類の蓋の彫刻は種によって異なることが多く、従来より属の分類などにも用いられてきたが、やや人為分類的な嫌いもある。
雌雄異体であるが、殻や軟体の外見からは区別できない。成熟した個体では生殖腺の色が異なり、雌が深緑色、雄がクリーム色となるが、生殖腺は殻の最奥部に位置するため通常は観察できない。現在知られている唯一の直接観察の方法は、内部の生殖腺の色が透けて見える程度に殻頂付近の殻表面を削る方法であるが、観察個体を傷つける可能性もあり、個体数が多い場合は手数がかかるため、養殖施設などでの実用にはあまり向かない。
[編集] 生態
潮間帯から水深30m程度までの岩礁に生息する。浅い場所には小型個体の密度が高く、大型個体ほど深所に生息する傾向がある。夜行性で、夜になると岩礁を動き回り、海藻を歯舌で削り取って食べる。幼貝のうちはイトマキヒトデやイボニシ、カニ類などに捕食されるが、成貝の敵はクロダイ、ネコザメ(別名:サザエ割り)、タコ、ヒトなどである。
[編集] 分類
Turbo Linnaeus, 1758 リュウテン属
リュウテン属Turboは世界中の熱帯~温帯域に生息し、20cm以上になる大型の種から1cm程度の小型種まで多くの種がある。蓋はほぼ円形の少旋型で、表面に厚く炭酸カルシウムの層が沈着するのが特徴である。しばしば殻の表面にコブ状の突起を持つが、サザエのように長い突起を具える種はむしろ少数派に属する。属の模式種はリュウテン(別名:リュウテンサザエ) Turbo (Turbo) petholatus Linnaeus, 1758で、Turbo に由来する科名 Turbinidae もリュウテン科、あるいはリュウテンサザエ科と言う場合もあるが、ここでは最新の総合図鑑である「日本近海産貝類図鑑」に従ってサザエ科とした)。
Batillus Schumacher, 1817 サザエ亜属
サザエ亜属 Batillus は、サザエが属のタイプ種で、螺旋状のウネと小さく棘立つ顆粒のある蓋を特徴とする。従来はサザエ1種のみが知られていたが、1995年以降2種が追加され、現在は次の3種が知られる。
- サザエ Turbo(Battilus)cornutus Lightfoot, 1786:北海道南~九州、朝鮮半島。鮮新世以降から化石が出現し現在に至る。個体によって棘が非常によく発達し、蓋には明瞭な螺旋状のウネがある。詳細は上記のとおり。
- ナンカイサザエ(南海~)Turbo (Batillus) chinensis Ozawa et Tomida, 1995:現在は中国大陸沿岸に生息。鮮新世~更新世の化石は本州からも出土する。従来サザエと混同されていたが、1995年に新種として記載された。サザエとは極めて近縁で、両者は大変良く似ているが、ナンカイサザエは成貝でも殻高が7-8cm程度とやや小型なこと、殻の棘の発達が弱いこと、螺肋が細かく数が多いこと、蓋の表面のウネが弱く微小突起の発達も弱いことなどで区別される。日本では小型のサザエがしばしば「姫サザエ」という流通名で売られるが、ナンカイサザエもサザエに比べて小型であることから、日本に輸入されたものが同様の名で売られることがある。
- †ムカシサザエ(昔~)Turbo (Batillus) priscus Ozawa et Tomida, 1996:中新世~鮮新世にかけて日本周辺に生息していた。上記の現生2種の共通の祖先と推定される化石種で、殻の棘がサザエほどには発達せず、蓋のウネも弱いなど、2種の中間的な形質を示す。
3種の関係:前述のとおり、長らくサザエ亜属 Batillus の現生種はサザエ1種のみとされてきたが、中国大陸沿岸に分布する個体群は別種であるとされ、1995年にナンカイサザエ(南海~)Turbo (Batillus) chinensis Ozawa et Tomida, 1995の名で新種として記載された。ナンカイサザエの分布は、東シナ海付近の空白地帯を挟んでサザエのそれと大きく隔たっているが、化石は本州や沖縄など日本国内からも出ている。サザエとナンカイサザエの化石は鮮新生以降から出現するが、これらはより古い時代(中新世~鮮新世)に日本に生息していた共通の祖先であるムカシサザエ Turbo (Batillus) priscus Ozawa et Tomida, 1996 (絶滅種)から鮮新世に種分化したと推定されている(小澤・冨田、1996)。
[編集] リュウテン属 Turboのその他の種の例
- ニシキサザエ(錦栄螺) Turbo (Callopomella) excellens Sowerby, 1914 伊豆半島~沖縄
- ヤコウガイ(夜光貝) Turbo (Lunatica) marmoratus Linnaeus, 1758 九州南部~西太平洋熱帯域(英名:Great Green Turban)
- スガイ(酢貝) Turbo (Lunella) coronatus coreensis (Recluz, 1853) 北海道南部~九州南部、朝鮮半島、中国沿岸(英名:Coronate Moon Turban)
- チョウセンサザエ Turbo (Marmarostoma) argyrostomus Linnaeus, 1758 小笠原諸島、九州南部~西太平洋熱帯域(英名:Silver-mouth Turban)
- キングチサザエ Turbo (Marmarostoma) chrysostomus Linnaeus, 1758 沖縄~西太平洋熱帯域
- マルサザエ Turbo (Marmarostoma) setotus Gmelin, 1791 小笠原諸島、沖縄~西太平洋熱帯域
- コシダカサザエ Turbo (Marmarostoma) stenogyrus Fischer, 1873 房総半島以南~西太平洋熱帯域
- リュウテン(龍天) Turbo (Turbo) petholatus Linnaeus, 1758 九州南部~西太平洋熱帯域(別名:リュウテンサザエ・英名:Tapestry Turban)
- タツマキサザエ (龍巻栄螺) Turbo (Turbo) reevei Philippi, 1847 伊豆諸島、紀伊半島以南~西太平洋熱帯域(英名:Reeve's Turban or Tapestry Turban)
- ヒダトリサザエ Turbo squamosus Squamose Turban
- シドニーサザエ Turbo torquatus
- コガタマキミゾサザエ Turbo cailletii Filose Turban
- クリイロサザエ Turbo castanea Chestnut Turban
- ツヤサザエ Turbo cidaris Crown Turban
- ナタールサザエ Turbo cidaris natalensis Natal Turban
ほか多数。
[編集] 食材
刺身、あるいは殻ごと焼いた壺焼きで食べる。特に壷焼きは有名で、江戸の遺跡発掘調査でも、アワビやその他の貝類には焼き痕がないものが多いのに対し、サザエでは焼き痕のある殻が圧倒的に多く出土することから、当時のサザエの食べ方としても最もポピュラーなものであったと推定されている。
缶詰その他の加工品には一見サザエを使用しているような図柄のものがあり、原料表示にも"チリさざえ"(このような標準和名の貝はない)などサザエと紛らわしいものがあるが、これらの多くはチョコレートレイシやアワビモドキ(ロコ貝)などアッキガイ科の貝が原料となっている。原材料の表示で種名が「さざえ」のように平仮名で記されている場合は、実際には別種であることが多く、「カタカナ表記ではない以上、標準和名のそれとは限らない」という生産者側からのサインである。
[編集] 陸揚げ漁港
- 2002年度(平成14年)
[編集] ことわざ
- 夏の栄螺は口ばかり:「口先だけの人」の意。
- 栄螺に金平糖:互いにツノを突き合せて理屈を並べて、自説を譲らない者同士を皮肉った言葉。
[編集] 関連事項
[編集] 参考文献
- 奥谷喬司(編)『日本近海産貝類図鑑』東海大学出版会、2001年、1173頁。ISBN 4486014065
- 小澤智生・冨田進「中国沿岸産サザエ類の1新種」(OZAWA, Tomowo and TOMIDA, Susumu "A new Turbo (Batillus) species from Chinese coasts.")貝類学雑誌 Venus (Japanese Journal of Malacology) 1995 54(4), pp.269-277.
- 小澤智生・冨田進「日本産サザエ亜属化石の分類学的研究」貝類学雑誌 Venus 1996 55(4), pp.281-297.