関西汽船
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関西汽船(かんさいきせん、Kansai Kisen Co., Ltd.) は、大阪市港区に本社を置く旅客船会社。住友系の旧大阪商船(現在の商船三井)系列。東証・大証二部上場。現在、瀬戸内海航路(京阪神~四国~九州)を中心としたフェリーの運行を行なっている。
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[編集] 沿革
- 1942年5月4日 - 当時の大阪商船(後に三井船舶と合併で大阪商船三井船舶に、現:商船三井)内港部を分離独立によって設立(その後、来島グループの傘下に入る)。
- 1948年2月28日 - 阪神~多度津航路の女王丸が瀬戸内海牛窓沖で機雷に触れ沈没。死者行方不明183人(女王丸事件)。
- 1973年 - 神戸~日向航路を開設。
- 1982年 - 神戸~日向航路を廃止。
- 1987年 - 加藤汽船と共同で高松~神戸航路でジェットライン(ジェットフォイル)の運行を開始。
- 1990年 - 来島どっくグループから経営権を大阪商船三井船舶(現:商船三井)に譲渡。
- 1998年3月 - 関西(大阪・神戸)~奄美(名瀬)~沖縄(那覇)航路廃止
- 1998年4月 - 明石海峡大橋開通に伴い、加藤汽船と共同運航していたジャンボフェリーを廃止(以後加藤汽船の単独運航)
- 2000年10月11日 - 明石海峡大橋開通の影響で乗客減少に伴い高松~神戸・大阪航路のジェットラインの運行を廃止。
- 2002年- 加藤汽船と共同出資で高松エクスプレス株式会社を設立し高速バス事業(なんば~高松間)に参入した。
- 2003年 - 関西汽船とダイヤモンドフェリーは阪神~九州間一部を共同運航を開始。
- 2005年4月1日 - 関西汽船とダイヤモンドフェリーの営業の一部機能を統一。
[編集] 航路
[編集] 阪神~別府航路
寄港便:別府国際観光港 - 大分港(西大分港、大阪南港行き上り便のみ) - 松山観光港 - 神戸港(神戸ポートターミナル、別府港行き下り便のみ・六甲アイランド、大阪南港行き上り便のみ) - 大阪南港
- ダイヤモンドフェリーと提携し運行を行う。
[編集] 小豆島航路(季節運行)
[編集] 小倉~松山航路
小倉浅野港 - 松山観光港 2006年現在、国内定期便のカーフェリーにおいて、関門橋の真下を通過する唯一の航路である。 以前は、阪九フェリー(小倉~神戸・泉大津)、名門大洋フェリー(小倉~大阪南港)、オーシャン東九フェリー(小倉~徳島~東京)も、浅野港より戸畑寄りにある日明港発着だったため、同様に関門橋直下を通過していたが、新たに整備された新門司港へ順次移転したため(航路が関門海峡上に無いため)である。 但し、出航が深夜であり、到着は早朝のため関門橋のライトアップ時間とは重ならない(繁忙期に増発されることもあるが、昼行便となるため結局ライトアップされた関門橋を見ることはできない)。 瀬戸内海を航行する九州~阪神航路のカーフェリーに比べて若干小さい。
- スナックの営業は無く、ラウンジ、売店および自動販売機あり。
[編集] 船舶
ファンネルマークは赤地に白帯が巻かれている。
船体の塗装は本来、下半分が緑、上半分が白であるが、この塗装の船は松山小倉航路の「フェリーくるしま」「フェリーはやとも2」のみしかなく、現在では事実上、さんふらわあ塗装が標準になっているとも言える(船体の地色が白一色で太陽の絵は蛍光色を使い、商船三井フェリーやブルーハイウェイライン西日本と若干違う)。
同社の船舶には色を用いた名称を付ける伝統がある(現在の同社のさんふらわあにも受け継がれている)。
かつて球状船首の開発の協力で自社の船舶を提供していた。
[編集] 運行中の船舶
関西別府航路
(さんふらわあ あいぼり・こばると は小豆島季節便でも使われている)
松山小倉航路
- フェリーくるしま
- フェリーはやとも2
[編集] 引退した船舶
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[編集] 関連会社
- 商船三井 - 親会社
- 明淡高速船 - 連結子会社
- 関汽商事 - 連結子会社
- ケイ・マリンズ - 子会社
- 関汽運輸 - 連結子会社
- 関汽交通社 - 連結子会社
- 別府ポートサービス - 連結子会社
- 関汽商事 - 連結子会社
- 関汽トラベルエージェンシー - 連結子会社
- 高松エクスプレス - 株式40%保有
- 明石大橋総合サービス
- 高松商運 - 近年まで全日本空輸の香川地区総代理店であった
[編集] 関連項目
[編集] その他
- JAFとの提携をはじめ、各種割引があり、車なしでも乗れる。
- レストラン、スナック、売店の営業をしていない航路もあるので、事前に確認しておいた方がよい。