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酒井 忠稠(さかい ただしげ、承応2年(1653年) - 宝永3年6月3日(1706年7月12日))は越前国敦賀藩の初代藩主。父は若狭国小浜藩の第2代藩主・酒井忠直(忠稠は次男)。母は松平定頼の娘。正室は土井利房の娘。官位は従五位下。右京亮。
1653年3月、江戸竜の口の藩邸で生まれる。幼名は仙千代。1682年9月29日、父・忠直の死去で1万石を分与され、小浜藩の支藩である敦賀藩を立藩した。その後は大番頭などを歴任している。1706年6月3日、54歳で死去し、後を子の酒井忠菊が継いだ。墓所:貝塚の青松寺。