ノート:辛淑玉
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[編集] 要出典の理由
[編集] 現行の本文
あまり知られていないが1973年に起きた国士舘大学の学生によるヘイトクライム「国士舘大学学生による朝鮮学校学生襲撃事件」に家族が巻き込まれている[要出典]。この事件は国士舘大学の学生が高田馬場駅で電車通学をしていた朝鮮学校生を待ち伏せ[要出典]した後因縁をつけ[要出典]て集団暴行(意外と死に至ったケースは無かった。)[要出典]。日本人の乗客が注意しないことをいい事に何回も繰り返した[要出典]ため結果国内政治問題にまで発展したが当時朝鮮学校に通っていた彼女の兄が国士舘大学学生のターゲットにされていて[要出典]暴行で怪我を負っていた[要出典]ほど。転校はしていたものの彼女も「いつ国士舘大学の学生に襲撃されるか分からない。」との恐怖[要出典]を抱えたまま電車通学していた[要出典]という。ちなみに大学から未だに本人とその家族について謝罪していない[要出典]があの頃と体質が変化しているからだろう。本人は謝罪要求していない。
[編集] 疑問点
以下の諸点につき、検証する必要があると思ったので{{Template:要出典}}を添付いたしました。本文中に記述されている事件との関連が曖昧であるうえ、本文中の「本人」が誰を指しているのか不明になっています。また、検証を済ませれば、「あまり知られていないが」は不要。さらに
- Opponent 2006年10月28日 (土) 06:20 (UTC)
- Opponent 2006年10月28日 (土) 06:22 (UTC): さらに
- 1973年の襲撃で著名なのは、確か新宿駅ホームの事件だったはずで、こちらは国士舘高校生が起こし、国士舘大学生の高田馬場での襲撃はその翌日だった記憶がある。とすると、「待ち伏せ」、「因縁を付け」、「集団暴行」、「何回か繰り返した」との記述について事実関係を具体的に示す必要がある。
- 上記大学生による事件と辛淑玉の兄とのつながりの有無。
- 仮に、つながりがあったとしても、兄が「ターゲットにされていた」のが事実であるかどうかは、別に検証する必要があること。
- 「怪我を負っていた」のが上記大学生による事件と、密接な関係があったかどうか(文脈上「襲撃事件に巻き込まれている」ことになっている)。
- 「いつ国士舘大学の学生に襲撃されるか分からない」と述べた事実(発言の時期、場所)と、それが上記事件との関連を示す具体的事実経過(発言を報じた媒体と、その文脈など)。
- 「恐怖を抱えたまま電車通学していた」のは、この種の事件が頻発していた当時、民族学校の生徒・学生にとっては、辛淑玉に限らず一般的だったはず。特に記述する必要があるのかどうか。
- 「謝罪していない」のかどうか。記憶によれば、公的には国士舘大学の総長が謝罪会見をしたはず。
- 「本人と家族について」の意味が不明。「本人と家族に対し」直接謝罪に訪れていないという意味だとすれば記述は曖昧。「ちなみに」以下に出てくる「本人」とは誰を指しているのかどうかも意味不明。このままだと「謝罪要求していない」のは辛淑玉であると誤読されるおそれもある。文脈上からは、辛淑玉が謝罪要求する必然性はどこにもないはず。であるとするなら、現行の記述には問題がある。
- Opponent 2006年10月28日 (土) 06:20 (UTC)