記別
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記別(きべつ、(sanskrit) vyaakaraNa व्याकरण)は、「分別経(ふんべつきょう)」「記」「記説」などと訳され、サンスクリット語のvyaakaraNaは、「分ける」という意味の動詞「vyaakaroti」から派生し、分別・説明・解答を意味している。また言語を分析するところから「文法」という意味ももっている。これから転じて「未来を予言する」という意味が生じ、後世になって如来(にょらい)から記別を受けるという予言を説く「授記作仏(じゅきさぶつ)」思想が発達する。
また、記別の語は十二部経のうちの一つである。
伝統的な解釈として瑜伽師地論(ゆがしじろん)(巻25)、顕揚論(けんようろん)(巻6)、阿毘達磨集論(あびだつまじゅうろん)(巻6)、雑集論(ぞうじゅうろん)(巻11)などでは、経(きょう)に対して、より詳説分別広説し、未了義の経を説明解釈するものであるとしている。しかしこれでは十二部経の「論議」(優婆提舎(うばだいしゃ))と区別できない。
真の意味は婆沙論(ばしゃろん)(巻126)、成実論(じょうじつろん)(巻1)、順正理論(じゅんしょうりろん)(巻44)に説かれているとおり「問答体」である。記別には本来、問い(prazna)に対する解答の意味がある。阿含経(あごんぎょう)の中には、長部(ちょうぶ)の21経・28経、中部(ちゅうぶ)の49経などのように、問答体の経が「記別」と呼ばれている。