脳波
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脳波(のうは、Electroencephalogram:EEG)は、ヒト・動物の脳から生じる電気活動を、頭皮上、蝶形骨底、鼓膜、脳表、脳深部などに置いた電極で記録し観察する方法である。脳電図、EEGとも言う。医療での臨床検査として、また医学、生理学、心理学、工学領域での研究方法として用いられる。
個々の神経細胞の発火を観察する単一細胞電極とは異なり、電極近傍あるいは遠隔部の神経細胞集団の電気活動の総和を観察する(少数の例外を除く)。
近縁のものに、神経細胞の電気活動に伴って生じる磁場を観察する脳磁図(MEG)がある。
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[編集] 脳波の観察・解析
波形を直接記録するものと、波形に何らかの加工を行って解析する方の2つに分けられる。
- 直接記録する方法はしばしば臨床検査として用いられる。 背景脳波(基礎律動)や突発活動(てんかん波形など)を観察する。各種のてんかん、変性疾患、代謝性疾患、神経系の感染症、脳器質的疾患、意識障害、睡眠障害、精神疾患などの診断の補助・状態把握などに用いられる。
- 波形の加工の方法として、主なものに加算平均法、双極子推定法、周波数解析、コヒーレンス法、主成分分析、独立成分分析などがあり、一部は臨床でも用いられている。
[編集] 脳波の記録方法
- 頭皮上電極
- 21個の電極を国際10-20法に従って配置することが多い。しかし研究目的などではもっと多数(60個など)の電極を配置したり、モニタリング目的などでは逆に数個のみの電極を使用したりする。
- 電極は円盤電極や皿状電極を導電性ペーストや特殊な帽子で頭皮に固定する場合と、針電極を皮内に挿入する場合、スポンジに電解質溶液を満たした電極をバンドなどで固定する場合がある。
- 長所は、針電極の場合を除き基本的に侵襲性がないこと、安価なことである。しかし短所として、導電率の異なる脳・硬膜・脳脊髄液・頭蓋骨・皮膚などを通して観察することによる空間分解能の低さ、高周波の活動の低減、頭皮との接触不良による雑音混入、筋電図の混入などがある。
- 脳表電極
- 設置には開頭手術が必要であり、侵襲は大きい。
- しかし空間分解能が高い、頭皮上電極では記録しにくい脳底面などの部位にも電極を配置することができるなどの長所がある。
- 難治性てんかんの外科的治療の術前検査などとして行う。
[編集] 基礎律動 (背景脳波)
ヒト・動物の脳は、常に様々な周波数からなる電気の振動を発生している。周波数帯域ごとに以下のように名前が付けられており、それぞれ異なった生理学的な意義を有している。
- δ(デルタ):1~3Hz
- θ(シータ):4~7Hz
- α(アルファ):8~13Hz
- β(ベータ):14~30Hz
- γ(ガンマ):30~ Hz 注)βとγ帯域の境界の周波数は28Hzとするものなど諸説ある。
一般に健常者では、安静・閉眼・覚醒状態では後頭部を中心にα波が多く出現する。また睡眠の深さ(睡眠段階)は脳波の周波数などに基づいて分類されている。
[編集] 脳の活動と周波数変化
安静・閉眼時に出現していた後頭部優位のα波は開眼すると速やかに振幅が減衰する。このように、感覚入力(体性感覚、聴覚、視覚など)、運動、覚醒状態の変化、認知活動などによって周波数成分が変わることが知られており、生理学や心理学研究で応用されている。高速フーリエ変換、周波数フィルタなどの信号処理技術が必要となる。
ある周波数成分が刺激などの事象に前後して増加することを「事象関連同期(event-related synchronization : ERS)」と呼び、減少することを「事象関連脱同期(event-related desynchronization : ERD)」と呼ぶ。
また周波数変化を利用してロボットアームなどを動かす研究(brain-computer interface : BCI)の研究も進められており、義手などへの応用が期待される。
[編集] 加算平均法と様々な解析
例えば正中神経刺激を行うと、約20ms後に対側一次感覚野の神経細胞が反応する。この反応は、背景脳波に比べて電位がかなり小さいので直接波形を観察しても見分けることはできない。これを解決するために、正中神経刺激を複数回(100回など)繰り返し、刺激に時間をそろえて加算平均(average)すると、正中神経刺激に関連した電位変化のみ観察できる。これは背景脳波は電気刺激とは無関係にランダムに発生していると考えられるため複数回平均することで打ち消しあうことを利用したものである。
加算平均を応用した方法として、体性感覚誘発電位、聴覚誘発電位、視覚誘発電位、さまざまな事象関連電位、聴性脳幹反応などがある。
[編集] 脳波の歴史
- 1929年 H. Bergerによるヒトでの初めての報告。
- 1935年 E. D. Adrianがより正確な報告を行った。
- 1942年 名大勝沼教授が「脳波」という呼び方を提案。
- 最近の流れ
- 多チャンネル化
- コンピュータの進歩により双極子追跡法など様々な解析が可能に。