渋川満頼
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渋川 満頼(しぶかわ みつより、1372年(文中元年/応安5年) - 1446年(文安3年))は、室町時代前・中期の守護大名。祖父は渋川義季。父は渋川義行。妻は斯波義将の娘。官位は左近将監。左兵衛佐。
1379年から1382年から摂津国、1394年から1400年まで安芸国の守護を務めた。1396年からは将軍・足利義満に罷免された今川貞世(了俊)の後を継いで新たな九州探題に任じられた。探題在任中は李氏朝鮮と積極的に交易を行なうなど、それなりの力量を見せたが、少弐氏や菊池氏、阿蘇氏らの反抗に苦慮し、諸大名の統制においては了俊の足下にも及ばなかった。1406年、剃髪して道鎮と号した。