接眼レンズ
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接眼レンズ(せつがん-)は、望遠鏡、双眼鏡あるいは顕微鏡の対物レンズや主鏡で集めた光によって焦点に作られた実像を拡大する為のレンズ。特に望遠鏡のものはアイピース(eyepiece)と呼ばれることが多い。
望遠鏡や大型の双眼鏡、研究者向けの顕微鏡では接眼レンズは交換可能なパーツであり、本体とは独立して市販されている。
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[編集] 歴史
ガリレオ・ガリレイの時代の望遠鏡に使われていた接眼レンズは凹レンズのものであった。 凹レンズによる接眼レンズは正立像になるメリットはあるが、視界が狭く、倍率が上げられないという大きな制約があった。
ヨハネス・ケプラーは2枚組の凸レンズを接眼レンズとした望遠鏡を用いた。 こうすると目で見える像は倍率の大きさを自由に変えたりすることが可能となり、以後接眼レンズは凸レンズ系のものが使用されるのが普通となった。
凸レンズを用いると像は倒立像となってしまうが、ケプラーは2枚用いることで2回像を反転して正立像としていた。 天体望遠鏡や顕微鏡では特に正立像である必然性が低いために、現在ではそのまま倒立像としている。 双眼鏡や地上用望遠鏡のように正立像を必要とする場合には光路内にプリズムを加えて像を再度反転させている。
初期の望遠鏡の接眼レンズは単レンズによるものであったが、単レンズでは収差を補正することができないため光学性能が悪い。 そのため複数のレンズを組み合わせて各種の収差を補正した接眼レンズが開発されてきた。 複数のレンズを張り合わせて1つの張り合わせレンズをつくり、さらにこの張り合わせレンズを組み合わせて1つの接眼レンズとする。 このレンズの組み合わせ方がアイピースの種別である。 用いたレンズの総数をm、それを組み合わせ作った張り合わせレンズの数をnとしたとき、n群m枚のレンズというように称する。 通常は製作者の名前を冠して~式というように呼ばれている。
最近では、広視界が得られるものや眼鏡をかけたままでも楽にみることができるものなど、収差の低減以外をコンセプトとして打ち出した接眼レンズも多く発表されている。
[編集] アイピースの種類
- ハイゲンス、ホイヘンス (Huygens、略号H)
- 片面が凸、片面が平面のレンズの大小2枚のレンズを組み合わせて作った2群2枚の接眼レンズ。1703年にクリスティアーン・ホイヘンスが発表した形式。望遠鏡ではハイゲンスあるいはハイゲン、顕微鏡ではホイヘンスと呼ばれることが多い。対物レンズの色収差を打ち消す効果があるため、初期の屈折望遠鏡に適合していたと思われる。安価なので安価な望遠鏡などには添付されることがある。しかし、この接眼レンズ自身の色収差が大きく、また視野が狭く特に高倍率でのぞきにくい欠点が大きい。レンズの接着剤の耐熱性が悪かった時代には、後述のハイゲンス・ミッテンゼーとともに太陽観測用接眼レンズとして推奨されていたが、現在では耐熱性の問題は少なくなったため、この形式のものはほとんど市販されなくなっている。
- ハイゲンス・ミッテンゼー、ミッテンゼー・ホイヘンス (Huygens-Mittenzway、Modified Huygens、略号HMあるいはMH)
- 1865年ごろにモリッツ・ミッテンゼーがハイゲンス式の対物レンズ側のレンズをメニスカスレンズに代えて収差を軽減したもの。ハイゲンス式同様の欠点を持つため、ほとんど市販されなくなっている。
- ラムスデン(Ramsden、略号R)
- 片面が凸、片面が平面の同じ2枚のレンズを凸面が向かい合うように組み合わせて作った2群2枚の接眼レンズ。1783年にジェッセ・ラムスデンが発表した形式。色収差が大きいため望遠鏡には不向きである。歪曲が小さい接眼鏡であり、また焦点位置が2枚のレンズの外側にあるため十字線や目盛りを後付けすることができる。そのため検査用ルーペや顕微鏡などに用いられる。
- オルソスコピック(orthoscopic、略号Or)
- 本来は正像という意味であるため、像が歪まない接眼レンズ全般を指す。歴史的には後述のケルナー式、アッベ式、プローセル式の3つがこの名で呼ばれている。現在では特にアッベ式を指していることが多い。
- ケルナー(Kellner、略号K)
- カール・ケルナーが1849年に顕微鏡用として発表した2群3枚の接眼レンズ。ラムスデン式の目側のレンズを色消しレンズとしたものである。色収差が比較的小さく、視野も比較的広い。望遠鏡、双眼鏡、顕微鏡を問わず、中倍率から低倍率で使われる。
- アッベ(Abbe、略号A、ただしオルソスコピックとしてOrが使用される方が多い)
- 1880年にエルンスト・アッベが顕微鏡用として発表した2群4枚の接眼レンズ。対物側のレンズを3枚の張り合わせレンズにしたものである。3枚の張り合わせレンズを作るのがコストがかかるため高価になるが、収差が少なく中~高倍率用に使用される。
- プローセル、プルーセル、 (Plössl:略号PL、ただしオルソスコピックとしてOrと表記されていることもある)
- 1860年にシモン・プローセルがケルナー式の改良としてルーペ用に発表した2群4枚の接眼レンズ。対物側のレンズも2枚の張りあわせとしており、また対物側と目側のレンズはラムスデン式と同様に同じ張り合わせレンズを使用している。同じレンズを使うことでコストが安くなるため、安価なオルソスコピック接眼レンズとして広く使用されている。
- エルフレ(Erfle、略号EまたはEr)
- 1917年から1918年にかけてハインリッヒ・エルフレは軍用双眼鏡用にいくつかの形式の接眼レンズを開発している。通常エルフレ式といった場合その中でも広視界が得られる3群5枚の接眼レンズのことを指す。1群が単レンズで残り2群が2枚の張り合わせレンズとなっている。低倍率用。
- ケーニヒ(König、略号Kö)
- アルベルト・ケーニヒはいくつかの形式の接眼レンズを開発している。単にケーニヒ式と言っただけでは特定の形式を指さないため注意が必要である。この中にはアッベ式を改良して量産型にしたもの、ケルナー式とは逆に対物側レンズを張り合わせレンズとした2群3枚の接眼レンズ、エルフレ式と同様広視界用のものなどがある。
- ナグラー(Nagler)
- テレビュー社のアル・ナグラーが開発し、1980年に発売した超広視界のアイピース。この成功は広視界のアイピースが各社から発売される契機となった。スマイス・レンズと呼ばれる一番対物レンズ側に置かれる凹レンズが使われているのが特徴である。その後も改良がなされ、現在タイプVIまで発売されている。
[編集] 望遠鏡の接眼レンズ
望遠鏡の接眼レンズには種別を表すアルファベットによる略号と焦点距離がミリ単位で記載されている。 この他にカタログにしばしば記載される接眼レンズのスペック値としては見掛け視界とアイレリーフがある。
接眼レンズの種別によって見え味が異なる。 現在のところ広く使われているのはおそらくプローセル式のものである。 広視界用接眼レンズは各社から独自の形式のものが発売されている。
望遠鏡本体と接眼レンズの焦点距離の組み合わせにより、倍率が変化する。 倍率は対物レンズ又は主鏡の焦点距離を接眼レンズの焦点距離で割ったものである。 接眼レンズの焦点距離が短いほど高倍率が得られる。 焦点距離の短い接眼レンズを使えばいくらでも倍率を上げることはできるが、鏡筒内に入っていく光の量は変わっていないため、倍率を上げるほど像は薄れて見づらくなってくる。 口径の小さい望遠鏡では口径をcmで表した値の15~20倍程度が実用になる限界とされている。
また接眼レンズにはその筒径によりツァイスサイズ(24.5mm)とアメリカンサイズ(31.7mm = 1.25インチ)、2インチ(50.8mm、これもアメリカンサイズに含めることがある)の区別がある。そのほかに36.4mmなど特殊な筒径のものがある。 望遠鏡本体によってはあるサイズの接眼レンズが使用できない場合やアダプターを別途用意する必要があるので、適切なものを選択する必要がある。 なお、筒径が太いほど広視界を確保することができるので、現在市販されているアイピースはアメリカンサイズのものが主流である。低倍率用の広視界アイピースでは2インチのものが多い。
見掛け視界は接眼レンズをのぞいたときに見える範囲を角度で表したものである。ケルナー式やアッベ式、プローセル式のような接眼レンズではアメリカンサイズで40~50度程度、エルフレその他の広視界接眼レンズでは60度~80度程度の値になる。実際に対象物の見える範囲は実視界と呼ばれ、おおよそ見かけ視界を倍率で割ったものになる。例えば見かけ視界40度の接眼レンズで80倍の倍率になったとすると実視界は約0.5度で、満月が視界にすっぽり入る程度の範囲が見えることになる。
アイレリーフは接眼レンズをのぞいたときにレンズからどれだけ離れた位置まで視界全体を見渡すことができるかを表す距離でmm単位で書かれる。 アイポイントとも呼ばれる。 乱視がある場合には眼鏡をかけたまま望遠鏡をのぞくことになるが、このときはアイレリーフが20mm程度以上無いと視野の外周部が目に入らなくなってしまう。 基本的には接眼レンズの焦点距離が短ければ短いほどアイレリーフは短くなる。 焦点距離が短いにもかかわらずアイレリーフが長いタイプの接眼レンズも発売されているが、これはスマイス・レンズを焦点距離の長い接眼レンズに組み込むことで見かけ上焦点距離が短いレンズと同じ役割を果たすようにしたものである。
[編集] 顕微鏡の接眼レンズ
顕微鏡においては望遠鏡と異なり倍率の変更は対物レンズの交換で行なうため、あまり頻繁に交換されることはない。
顕微鏡の接眼レンズには倍率が記入されているが、これは明視距離(普通の人が肉眼でものを見たときピントが合う最短距離で約25cm(10インチ))を接眼レンズの焦点距離で割ったものである。
また見掛け視界の代わりに視野数という数値が使われる。これは明視距離の位置で何mmの範囲が視界内に入るかを表している。実視界は視野数を対物レンズの倍率で割ったものとなる。
顕微鏡の接眼レンズも望遠鏡や双眼鏡のものと特に光学的な差があるわけではない。しかし接眼レンズの径が23.2mmとなっているため、そのまま望遠鏡の接眼レンズを流用することはできない。