性淘汰
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性淘汰(せいとうた)は、異性をめぐる闘いを通じてある形質が進化して行く現象である。クジャクやシカのように雌雄で著しく色彩や形態・生態が異なる動物について、その進化を説明するためにチャールズ・ダーウィンが提唱した。
一つの種に於いて、ある性(殆どの場合は雌)の個体数や交尾の機会はもう一方の性よりも少ない。それゆえ、交尾をめぐる個体間の争いが進化をもたらす。
性淘汰は、自然淘汰(生態系に於けるニッチ獲得をめぐる争い)とは異なる。自然淘汰は性別・年齢を問わず、個体の全体的な状態によってもたらされるからであり、また性淘汰によって進化した形質の多くは装飾的であまり実用的な物ではない。ただし、性淘汰を自然淘汰に含める事もある。
配偶者の選択の理由については、ランナウェイ説やハンディキャップ説などの理論モデルがある。
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- en:Sexual selection 18:23, 20 April 2006 UTCより翻訳。著者:TimShell, AxelBoldt, ThirdParty, Karada, Duncharrisほか
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[編集] 同性間淘汰と異性間淘汰
性淘汰には、
- 同性の間で、異性を巡る競争を行うため、より優れた武器(角や牙など)をもつ方が勝って交尾をし、子孫を残すことによってその武器が進化するような同性間淘汰(雄−雄闘争)
- 配偶者が異性を選ぶ際に選択が起き、配偶者(主として雌)がより顕著な形質を持つ交尾相手(雄)を選択することによって進化する異性間淘汰(配偶者選択)
とがある。
同性間淘汰は多くの場合、雄の間で起きる。個体間の闘争以外にも、混ざり合った精子の競争が含まれる。
しかし多くの場合、性淘汰と言うときには後者の「雌による選択」を指す。ロナルド・フィッシャーは、「雌の嗜好は遺伝的に決まっており、それ以前の代で好まれた形質がより顕在化した個体を後の代の雌はさらに好む」と考えた。
[編集] 性的二形性
生殖に直接関わる器官で求愛行動に直接関わらないものを主性徴と言う。これに対し、性淘汰によって影響を受け、求愛行動を有利にする形質を副性徴と言う。 (※発生学で言う性別#二次性徴とは異なる。)
有性生殖を行う種の殆どでは、男女で形態が異なる器官を持っている。子孫を残すにあたって、それぞれ違う方面に努力を割くためである。ベイトマンの原則で示されたように、雌は子孫を残すにあたってより多くの初期投資をしなくてはならない。そのため、雌が生殖に成功する確率も大きく変動する事になり、これが性淘汰の原因となっている。性役割が逆転している例としては、タツノオトシゴやアメリカヒレアシシギが知られている。
対して雄は、自分が子供の本当の父親かどうかが不確定である。それゆえ自分の(かどうかも分からない)子供を守る事に対してはあまり興味を示さず、むしろ生殖行動への志向を雌に比して強く示すのである。
雌が「選ぶ側」となる理由もそこにある。いわば繁殖相手選びは雌にとっての「買い手市場」であり、こうして性淘汰の主体は雄よりも雌となるのである。
二次的性徴の性差を性的二形性とも言う。これは単なる大きさの違い(sexual size dimorphism, SSD)から、角や模様のような極端なものもある。性的二形は自然界にあふれている。雄にのみ見られるシカの角や、多くの鳥の雄が鮮やかな色彩の羽を持つ(そして雌は地味な色彩の羽を持つ)事などである。最も顕著な例はクジャクの尾羽であろう。脊椎動物で最大のSSDはアフリカ・タンガニカ湖産シクリッドの一種Neolamprologus callipterusで、雄は雌の30倍の大きさにもなるが、SSDの多くは雌の方が雄よりも大きい。特にクモ類のほとんどがそうである。
[編集] 批判
性淘汰は、ダーウィンの説の中では当初は評価されなかった。ダーウィン以前の進化論にはラマルクのものがあるが、彼の進化論は生物そのものに進化の方向性を決める仕組みがあることを想定していた。彼の説は、いわゆる獲得形質の遺伝の問題で完全に否定されたのであるが、生物に主体性を認める点も、機械論的視点からは嫌われた面が大きい。それに対して、ダーウィンの説はほぼ完全に機械論的で、生物の側には主体性を発揮する場がない。その点が、大きく受け入れられた理由の一つになっている。
ところが、彼の説の中で性淘汰だけは生物の、いわば自主的な選択による進化を考えるものであり、その点で違いが大きい。特に、生物の行動学が未発達であった事もあり、行動などという曖昧なものに進化の方向を決定する力を認めることは、彼の説の他の部分と照らし合わせても不徹底に感じられた。そのため、彼の説を支持しつつも、そこから性淘汰を外す論者が多かった。
他方、先のカブトムシの角などのように、非常に派手な武器や装飾に実用的価値を見いだすのはむずかしい(しかしながら昨今、カブトムシ対決選手権などのTV番組において、ヘラクレスオオカブト等の昆虫が実に上手に相手を複雑な角に挟み込んで動けなくする・相手を投げとばすという技が、常時観察された)。化石動物で、もっと派手な角や牙を持ったものが見いだされたときに、そのような発達しすぎた器官が邪魔になって絶滅した、というような説明をされることも多い(しかし、実際に使われているところを観察した人間はいない)。では、そのような器官がどうやって進化したかを考えるために、たとえば定向進化説のような反ダーウィン的な論も出る。それを自然選択で説明するには、やはり性淘汰が考えられなければならない。そして、ここからわかるのは、性淘汰は、場合によってはそれ以外の自然選択と競合する、あるいは逆らうものであり得る、ということである。
[編集] ヒトにおける例
ダーウィンはヒトの男性の髭や、他の哺乳類に比べヒトの体毛が少ない点なども性淘汰によって進化したと考えた。女性は男性よりも体毛がさらに少ない事から、有史はるか前には男性の側に選択権が有ったと考え、また「体毛が少ない事」が男性による性選択の対象になったと考えたのである。これは雄の側による性選択の数少ない例ともなる。彼は、自然選択によってはヒトの無毛性が説明できないと考えた。
ジェフリー・ミラーは、今まで注目されなかったダーウィンのアイデアから、生存に直接関わらないヒトの行動のうち多く(ユーモア、音楽、視覚芸術、言語創作能力、そしてある種の利他的行動が性淘汰によって獲得された求愛行動であると言う仮説を立てた。
カナダの人類学者であるピーター・フロストはセントアンドリューズ大学の援助のもと、Evolution and Human Behavior[1]に論文を発表した。そこでは、金髪・碧眼が形質として定着したのは氷河期の終わりにおけるヨーロッパであり、それは性淘汰の結果であるとしている。この研究によると、当時の女性たちは氷河期の世界の中で数少なかった男性を競い合い、他の女性よりも目立つためにこれらの形質を進化させたと言うのである。この説では、金髪は10000〜11000年前のヨーロッパの飢餓の時代に発生したとしている。当時の北ヨーロッパでは、食糧はマンモス・オオツノジカ・バイソンやウマなどの群れを追った大規模な移動によってしか得られなかった。その群れを見つけるだけでも長く厳しい旅が必要であり、多くの男性が死んで行ったが、女性は男性に比べると生存率が高かった。金髪の女性は他に比べて魅力的で、金髪の遺伝子を増やす淘汰圧がかかったと論文は唱えている。
[編集] ヒトの例をめぐる諸現象、諸仮説、その他
エサの獲得の失敗、あるいは他の生物により捕食されることが原因で死ぬことがほぼ無い現代の先進国におけるヒト科の群にとっては、進化に対する性淘汰の効果・影響度がより大きくなっている、という見方もある。
同性同士による物理的な戦闘などによる同性の個体の物理的な排除がほぼ無くなったこと、および社会制度の変化、法制度の整備などの効果で、一方的に個体が異性の個体を選択できるような状況は少なくなり、相互の意思の確認が必要とされることになった分、同性間選択と比べ、異性選択の影響度が以前よりも増している、という見方もある。
ヒトのメスが好む性質、ヒトのオスが好む性質、それぞれいくつものタイプがあるようだが、それらの特質を多く備えている個体(個人)が、早期に異性から配偶者として選ばれ、結果として子孫を残す率が多く、一方で、それらの特質をひとつもあるいはほとんど備えていない個体が、異性の個体から選ばれず子孫を残す率が少ない、ということは実際ヒトの集団において、統計的にも経験的にも頻繁に観察されることである。結果として次世代の個体(子供達)の特徴の統計をとってみると、選択が行われていることは判る。(30歳程度以上の人ならば、例えば同窓会の名簿の変化を毎年観察し、子孫たちの写真や情報を得ているなら、ヒトの性淘汰の存在は、強く実感していることであろう。それがヒトにとっては「異性から選ばれなければならない」という衝動、強迫観念ともなり、「青春の苦しみ」や「生存の苦しみ」とも呼ばれるもののいくつかの原因のひとつになっている面もある、という見方もある。)
[編集] 人工生命における性淘汰の例
ソフトウェアによる人工生命群での性淘汰の例、パラメータの違いによる現象の変化 等
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