嫡出
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嫡出 (ちゃくしゅつ) とは「婚姻関係にある男女から生まれた」の意。嫡出子とは婚姻関係にある男女から生まれた子である。嫡出でない子は非嫡出子と称され、俗に私生児、私生子などとも称される。
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[編集] 嫡出子と親子関係
法律的親子には、生物的な親子関係のある実親子関係と、その関係のない法定親子関係がある。
[編集] 実親子関係
実親子関係のうち、嫡出を「嫡出子」、そうでない子を「非嫡出子」(法文上は「嫡出でない子」と表現される)という。実子の嫡出子のうち、出生と同時に嫡出の身分を取得する「生来嫡出子」と、親の婚姻などの要件を満たすことによって嫡出子となる「準正嫡出子」がある。
[編集] 法定親子関係
法定親子関係である「養子」(民法792条以下)、「特別養子」(817条の2以下)は縁組の日から嫡出子の身分を取得する(809条)。
[編集] 嫡出にかかわる民法
[編集] 婚姻している妻の子では嫡出が推定される
民法には嫡出子について直接の定義がない。
- 772条1項は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」とし、同条2項により「婚姻成立の日から二百日後又は婚姻の解消若しくは取消の日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定」される。
- これを受けて774条は、772条の場合に「夫は、子が嫡出であることを否認することができる」とする。
ここで「嫡出」という言葉が使われていることから、嫡出子とは婚姻関係にある男女から生まれた子であると捉えることができる。このように民法は子が嫡出であることの証明のために推定規定を置き、推定される嫡出子を「推定される嫡出子」と呼ぶ。
嫡出否認の訴えは、夫がこの出生を知ったときから1年以内に提起しなければならず(777条)、子の出生後に夫が嫡出を承認したときはその否認権を失う(776条)。
[編集] 嫡出の推定が不自然な場合
一方、772条の条件を満たすものの推定を及ぼすことが不自然な場合がある。例えば懐胎可能な時期に夫が南極観測隊で単身越冬していたり、夫婦が遠隔地に別居して没交渉だった場合などである。このような事情のもとで産まれた嫡出子を「推定の及ばない子」「772条の推定を受けない嫡出子」「表見嫡出子」などという。
親子関係不存在確認の訴えは、「推定の及ばない子」「772条の推定を受けない嫡出子」について許され、確認の利益が認められれば誰からでも、777条の期間にかかわらずいつでも提起できる。
[編集] 婚姻中でないが嫡出と扱われる場合
また、婚姻中の懐胎でないために772条の推定を受けない場合でも、嫡出子として扱われることがある。内縁が先行している場合でも婚姻成立後200日以内に生まれた子は嫡出子として扱われる(大連判S15.1.23民集19-54)。このような「推定されない嫡出子」も戸籍上は嫡出子として扱われている。しかし772条の推定を受けない以上、父子関係は嫡出否認の訴えではなく親子関係不存在確認の訴えで争うことができる。内縁成立後200日以上経過していた場合も推定されない嫡出子となる(最判S41.2.15民集20-2-202)。
[編集] 準正による嫡出身分の取得
ところで、出生時に非嫡出であってもその後両親が婚姻すると準正により嫡出の身分を取得する。父が認知した子はその父母の婚姻によつて嫡出子たる身分を取得し(789条項)、これを婚姻準正という。婚姻中父母が認知した子は、その認知の時から(ただし、法務省の戸籍先例においては、不都合防止のため「婚姻の時から」と解釈している)嫡出子たる身分を取得し(同条2項)、これを認知準正という。これらの規定は子が既に死亡した場合に準用される(同条3項)。同条2項には「父母が認知した子」と表記されているが、母と子の親子関係は分娩の事実で当然発生するので母による認知は不要である(最判S37.4.27 民集16-7-1247)。
[編集] 非嫡出子
[編集] 認知と民法上の特徴
以上の嫡出の条件にあてはまらない子を非嫡出子という。非嫡出子の場合、父親との間に法的親子関係を生じるためには認知が必要となる。ただし、子供の母が別の男性と結婚している場合、子供はその夫婦の嫡出子となるので、嫡出否認もしくは親子関係不存在の訴えが認められるまで認知できない。
その他、非嫡出子は嫡出子と比較して次のような特徴がある。
- 嫡出子は母の夫が父であると推定されるが(772条)、非嫡出子は父の認知によって父子関係が成立する(779条)。
- 嫡出子は父母の氏を称するが(790条1項)、非嫡出子は母の氏を称する(同条2項)。父の氏への変更は家庭裁判所の許可により可能で(791条1項)、このとき子は父の戸籍に入る。
- 嫡出子の親権は父母が共同で行うが(818条)、非嫡出子の親権は母が単独で行う。ただし父が認知し父母の協議によって父を親権者と定めることができる(819条4項)。
- 非嫡出子の法定相続分は嫡出子の2分の1である(900条4号)。この規定が憲法14条1項に反するとの下級審の判例があるが(東京高裁H5.6.23判時1465-55ほか)、最高裁は立法裁量権の範囲内であり違憲とまでは言えないと判断している(最裁大決H7.7.5民集49-7-1789)。
- 最高裁判所は2003年(平成15年)3月31日に、婚外子(非嫡出子)の相続分について、「本件規定が極めて違憲の疑いの濃いものである……相続分を同等にする方向での法改正が立法府により可及的速やかになされることを強く期待するものである。」という、付言判決を下している。
[編集] 戸籍での記載
戸籍の父母との続柄欄において嫡出子は「長男」「長女」のように記載されるが、2004年11月1日までは非嫡出子は「男」「女」と記載された(戸籍法施行規則33条1項および附録6号)。東京地裁平成16年3月2日判決(訟務月報51巻3号549頁)は、当時の続柄欄の記載は戸籍制度の目的との関連で必要性の程度を越えており、プライバシー権を害しているとの判断を示した。そこで、同規則が2004年11月1日より改正され、それ以降に非嫡出子出生の届出がされた場合、嫡出子と同様の「長男」「長女」といった記載がなされることとなった。ただし、既に「男」「女」と記載されているものに関しては、当事者の申請によってはじめて更正され、また除籍については申請しても更正を拒否されるなど、問題が多いと指摘されている。(これに対して住民票における世帯主との続柄記載は、1995年3月に行政の責任において一律に「子」と更正されている)
[編集] 「嫡出子」「非嫡出子」という用語に対する批判
「嫡出子」という言葉には「正妻から生まれた正統な子」であるという意味合いが込められており、対照的に「非嫡出子」という言葉には「婚姻関係から生まれなかった正統でない子」という意味合いが込められることとなる。さらに「非嫡出子」という文言は、法文上も出てこない表現である。これら用語法は、婚姻関係にない男女から生まれた子に対する偏見を強める差別的ものであり、「婚内子」「婚外子」といった用語法の方が好ましいとされる。
[編集] 各国の非嫡出子
2003年度の各国の非嫡出子の割合は、アイスランド63.6%、スウェーデン56%、ノルウェー50%、デンマーク44%、イギリス43%、アメリカ33%、オランダ31%、イタリア10%となっている。これ等は各国で2006年現在も上昇傾向にある。中でも、婚外子が過半数を占めるスウェーデンでは「親の様々な生き方を認める」観点から、婚外子の法的・社会的差別が完全に撤廃されている。
一方で、日本の非嫡出子は1.93%と他国より低いものとなっている。
[編集] 関連書籍
- 久々湊晴夫ほか共著(2003/3)「やさしい家族法」成文堂, pp.117-146
- 内田貴 (2002/7)「民法IV 親族・相続法」 東京大学出版会, pp.163-208