大善寺 (山梨県)
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大善寺(だいぜんじ)は、山梨県甲州市勝沼町にある寺院。宗派は真言宗智山派、山号は柏尾山、本尊は薬師如来である。
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[編集] 歴史
寺伝では養老2年(718年)、行基が甲斐国柏尾山の日川渓谷で修行した時に、夢の中に葡萄を持った薬師如来が現われ、満願を果たし、葡萄を持った薬師如来像を建立したことが当寺の起源であるとされている。甲州葡萄の始まりは、行基が法薬として葡萄の栽培法を村人に教えたことであるともいわれており、薬師如来は通常右手が施無畏印であるが、大善寺の薬師如来は葡萄を持っていることが特徴である。
天正10年(1582年)、織田・徳川連合軍に攻め込まれた武田勝頼が岩殿城(大月市)に向かう時に大善寺に戦勝を祈願したが、岩殿城主小山田信茂の離反にあい、天目山で自決した。この一部始終を目撃した理慶尼が記した武田滅亡記が大善寺に保管されている。
[編集] 伽藍
- 楼門:元禄17年(1704年)建立
- 本堂(薬師堂):堂内柱の刻銘から弘安9年(1286年)に建立されたと見られている。山梨県内で最も古い建物と言われている。
- 鐘楼:現在の鐘楼は正徳4年(1714年)に再興された。以前は寛文8年の銘が入った鐘があったが、第2次大戦の折に供出され、現在の鐘は昭和58年(1983年)に再興された。
[編集] 文化財
- 国宝
- 本堂(薬師堂)附:厨子1基
- 寄棟造、檜皮葺。鎌倉時代の本格的密教仏堂。内部の柱に弘安9年(1286年)の刻銘がある。屋根は寄棟造(正面から見た屋根形が台形を呈する)であるが、大棟(台形の上辺に当たる部分)が極端に短いのが特色である。ただし、この屋根形式は江戸時代の修理によるもので、建築当初からこのような形であったかどうかは定かでない。堂内の厨子は堂よりやや遅れて文和4年(1355年)の作。
- 重要文化財(国指定)
上記の他、山梨県の指定文化財も多く所有されている。
[編集] その他
大善寺では宿坊を経営しており、宿泊することも可能。寛永末期に造られた江戸時代の日本三名園と言われる池泉鑑賞式庭園を見ながら食事ができる。
[編集] 交通
- 国道20号柏尾交差点近く
- 中央自動車道勝沼インターチェンジから車で約3分
- 中央本線勝沼ぶどう郷駅からタクシーで約5分