大井の方
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大井の方(おおいのかた、明応6年(1497年)-天文21年5月7日(1552年5月30日))は、甲斐の戦国大名である武田信虎の正室。武田信玄の母。大井夫人とも言われる。御北様。
明応6年(1497年)、甲斐国人領主・大井信達の娘として生まれる。大井氏は武田氏とたびたび争っていたが、やがて信虎との戦いで不利に陥ったため、和睦の証として信虎の正室として嫁いだ。信虎との間には、今川義元の正室である長女の定恵院、長男の武田信玄、次男の武田信繁、三男の武田信廉を産んでいる。のち信玄の学問の師である岐秀を招いた。
しかし信虎との仲はあまり良くなかったのか、信虎が天文10年(1541年)に信玄によって駿河に追放された後も甲斐にとどまっている。天文21年(1552年)5月7日に死去。享年56。法名は長禅寺殿。甲府市に墓地がある。