吉兆
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[編集] 略歴
日本有数の料亭の一つであるが、歴史は浅く創業は昭和5年(1930年)である。開店の日、何と客は0人だったというのは有名な逸話である。そこから現在までの地位を築いた背景は、創業者である湯木貞一の天才的な才能にあったと言っても間違いない。 その後2回店舗を移転、戦後に現在の高麗橋本店となる旧家を購入する。
[編集] 特徴
日本料理には宮廷料理の系統である有職料理、大名の宴会料理である本膳料理、江戸時代に町人の宴会料理として確立した会席料理などがあるが、吉兆の料理は献立やしつらいに至るまで茶懐石の影響を強く受けている。これは創始者の湯木貞一が茶道に造詣が深かったことに理由があり、貞一は後に自らの茶道具コレクションを基に「湯木美術館」を設立している。
吉兆の特徴として、この手の高級料亭には珍しい多店舗展開がある。実際はほぼ各地域毎に各支店を統括する株式会社を設置するという事業本部制に近い体制を取っている。特に大阪市の高麗橋本店や京都市の嵐山店などは政財界有力者、外国要人の接待で利用されることが多い。
[編集] 店名の由来
湯木貞一と縁故のあった画家により縁起を担いでつけられた物だが、当初ルビには「きっきょう」とふられていた。しかし、客が皆「きっちょう」と読んだために、現在は「きっちょう」と読むようになった。
[編集] 関連項目
- 湯木貞一
- 徳岡邦夫
- 松花堂弁当
[編集] 関連書籍
- 『吉兆 料理花伝』新潮社 ISBN 4103480017