出歯亀
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出歯亀(でばがめもしくはでばかめ)とは、一般に窃視(覗き)行為やその常習者、もしくは窃視症や窃視趣味、ときには単に好色な男のことを指す。「覗き」と亀に関係があるわけではなく、これは猟奇殺人事件の犯人であった覗き常習犯の渾名に由来すると言われるが、詳細は本文を参照のこと。ちなみに英語ではピーピング・トムという言葉が概ねこれに該当する。
この語は使用者によって若干の意味の広がりを持ち、窃視行為そのものを指す場合がある一方で、その行為により性的興奮を覚えること(=窃視症)を示す言葉としても使われる。
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[編集] 語源の一般的な説明
出歯亀という言葉の語源は、1908年に遡る。この年の3月22日、豊多摩郡大久保村(現在の東京都新宿区大久保)で銭湯帰りの女性(当時27歳、実は詩人・野口米次郎の元妻)が殺害され、手ぬぐいを口に押し込まれた状態で発見された。この事件が判明の当初より大々的に紙誌で報道される中、以前にも女湯の覗き行為を行っていた「出歯の亀吉」こと植木職人の池田亀太郎(当時35歳)が強姦殺人の犯人として逮捕された。
衆目を集める事件であったために、新聞は捜査の当初から詳細に報道しており、逮捕時には大見出しが紙面を飾った。また、池田が出っ歯という身体的特徴を持っていたことから彼を出歯亀と呼んで報道し、その語は彼を指す言葉としてここで定着したという。このセンセーショナルな事件は「出歯亀事件」として同時代人の心に焼き付き、森鴎外も「ヰタ・セクスアリス」の中で言及している。そして現代にまで出歯亀という語は窃視趣味やその窃視行動を指す語として残り、犯人は不名誉な形で末代まで名を残すこととなった。
[編集] 疑義
[編集] 真犯人
以上が一般的な(あるいは辞書的な)説明であるが、ここには不十分な点が多分に含まれている。
まず何よりも重要なのが、出歯亀こと池田の冤罪説である。取り調べの段階で彼は一旦自供したものの、法廷ではそれを翻し、無罪を主張して徹底抗戦した。被害者が電話交換局長の妻であったことや、当時の習俗の中で地域社会に多大な不安感を与えたことから警察は早期解決を目指して捜査に奔走し、3月31日の時点で嫌疑をかけて取り調べられた者は20名以上、うち5人を勾留したという。それでも犯人検挙に至らなかった警察は引き続き次々と容疑者を拘引するなどし、一方ではおとり捜査も開始した。だがこの経過は(捜査に記者が同行するなどして)逐一新聞報道されており、仮に犯人が報道を見ていたとしたら、それにおめおめと騙されよう筈もなかった。
そのような状況下で池田の逮捕がなされたのは4月4日。彼の自白を以て警察も報道も事件の決着を見なした。だが彼の取り調べが始まったのは前月31日からで、捜査成果の上がらぬ中での厳しい取り調べで得られた自白であったという。また警察がまず容疑をかけたのが、性犯罪の前歴のある者を中心にしていたことにも意をとめる必要がある。
彼が覗きの常習犯であったという事実に対しては、どの史料も疑問を差し挟んではいない。しかし窃視趣味と強姦殺人(あるいは致死)との間には大きな隔たりがあることも事実である。警察が複数名の中から容疑者を絞り込んだのは、池田の性向は単に女湯を隙間から覗くことでは飽きたらず、銭湯帰りの女性に悪戯をしようとしたことがあったことからという。
公判で彼および弁護士は拷問による自白に証拠価値は無いと主張した。それに対し検察側は拷問は行われていないと反論している。また、池田の自白による絞殺方法と検死結果とには食い違いがある中で、当人の「一時的な」自白しか証拠が無い以上有罪にするには無理があると、弁護側は主張している。だが地裁判決は無期懲役(徒刑)となり、この点を争点に彼を冤罪と主張する弁護団は控訴審を戦ったが判決は同様。そして再度控訴したものの大審院で上告が棄却され、池田は服役することとなった。
今となっては彼が真犯人だったのか、冤罪であったのかは知る由もないが、現場に残された足跡と亀太郎の足跡が異なるという証言が存在したのは事実である。それを裁判所は証拠能力不十分として採用しなかったのではあるが。また、彼が1913年、わずか5年の後に自由の身となっていることも見逃せない。
[編集] 出歯亀は出歯だったのか
俗には、池田の逮捕後、新聞報道で彼の顔写真から「出歯亀」という呼称が使われるようになったという。だがその一方で、事件の弁護人が法廷でそのように呼んだことが契機であるとの説もある。また、当時の新聞が逮捕二日後の報道で、彼の仕事仲間の言葉として「出歯亀」という表現を用い、そこから急速に広まったともいう。
しかしそれのみにとどまらず、些細な……だがある意味ではより重要な疑義がある。「でばかめ」の「でば」が出っ歯(反歯)を意味するものではなく「出張り」すなわち「出しゃばり」を意味していたのだと、例えば高島俊男などは指摘している。
同僚が語ったという「でばのかめきち」とは、その身体的特徴をあげつらうものではなく、何にでも首を突っ込みたがる彼の日常的な行動パターンを指して「出張(でば)」と呼んでいたものが、記者の誤解かあるいは「出っ歯の男が女湯をニタニタ覗いているイメージ」の鮮烈さのゆえにか大きく報道され、日本語の慣用表現として後代まで残ることとなってしまった可能性も実は低くはない。現在では国語辞典に至るまで、彼が生来出っ歯であったことを前提として書かれているが、その根拠は実のところ薄く弱い。
- 誤記のはじまりの原因が後者だとすると、当時既に「出っ歯=好色」という図式があったことになる。だが、あるいは逆にこの事件を境にそのようなイメージが生まれたのかも知れない。なお歯科医の立場からは、歯の噛み合わせと好色とには相関関係は無いとされる。
[編集] その他
時代が下って、「出歯亀」という語は日常生活では比較的軽い意味で用いられるものになっている。ただしさらなる時代の変化に伴い、これが使用されること自体が減りつつあるのかもしれない。というのは簡単なクイズ本(あるいはウェブ上の同様のもの)を俯瞰すると、「出歯亀とは何か」という出題が散見されることから類推される。常識クイズの題材となるということは、既に常識の範疇から外れつつあるのかもしれない。なお現代のいわゆる狭義の出歯亀行為は、暗視鏡や赤外線カメラを用いて野外性交の現場を観察あるいは盗撮(これをエロ系写真週刊誌に投稿して利益を得ている)することを指す。ちなみに、この観察に限れば、倫理的問題はあるが犯罪行為ではない。
「出歯亀」の読み仮名は「でばかめ」「でばがめ」の二種類が使われており、かな漢字変換の辞書によっては一方のみの登録となっている。これは幾多の国語辞典がそのようになっているからと思われ、語源からすると前者に分があろうが、後者もまた人口に膾炙している模様である。