ミトコンドリア・イブ
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ミトコンドリア・イブとは、人類の進化に関する学説のひとつで、人類のルーツがアフリカの一人の女性に集約する、という説。アフリカ単一起源説を支持する有力な証拠の一つである。
人体の細胞の内部のミトコンドリアが、母からしか伝わらない(ミトコンドリアは卵の細胞質から受け継がれる)という性質に基づいて、ミトコンドリアDNAの変化を追跡した結果、すべての人が持つミトコンドリアDNAはアフリカのある一人の女性に由来する(彼女自身もミトコンドリア・イブと呼ばれている)、という結果が出た。
[編集] ラッキー・マザー説
しかし、この結果が「人類はイブ独りから始まった」という事実を示すものではないことが既に広く受け入れられている。それを説明するのがラッキー・マザー説である。ミトコンドリアは母からしか伝わらないため、男性は自分のミトコンドリアDNAを後世に残すことができない。また、女性は自分が産んだすべての子にミトコンドリアDNAを伝えるが、その子らがすべて男性だった場合、彼女のミトコンドリアDNAは廃れることになる。もし子に女性がいても、娘が産んだ孫に女性がいなければ、やはり母のミトコンドリアDNAは廃れる。つまりある個人のミトコンドリアDNAが子孫に伝わるためには、その間のすべての世代に少なくとも1人は女性が産まれなければならない。
ここで人類発祥後まもない頃の集団を考えよう。その構成員は複数の家系に属する、したがってミトコンドリアDNAの系統も複数存在すると仮定する。集団の人数は少ないので、どの系統のミトコンドリアが多数を占めるかは、遺伝的浮動により変動しうる。ここで偶然、ある家系の子孫が男性だけになったとすると、その家系のミトコンドリアDNAはやがて廃れる。人数が少ない家系ほどそれが起こりやすい。これを繰り返すと、すべての家系が十分に人数を増やし、少なくとも1人の女子を得ることがほぼ確実になるより先に、もっとも人数の多かった家系以外のすべての家系が「男子のみの世代」を経ることがありうる。すると上のような結果が説明できる。
このような変化が実際に起こったならば、確かにイブは「すべての人の祖先」だが、他の家系とも十分に混血が進んだはずなので、「すべての人の祖先」はほかにもいる可能性が大きい。ラッキー・マザー (lucky mother) とは、その子孫に女子が産まれつづけたという偶然によって、全人類に自分のミトコンドリアDNAを残したということから名づけられた、ミトコンドリア・イブの別名である。
[編集] 注釈
ただし、上記の説明は論理的に破綻している、という批判もある。「人類はイブ一人から始まったという事実を示すものではない」と説明しているが、その論拠としては、「すべての人の祖先はほかにもいる可能性が大きい」ということを示しているだけだからだ。
一般に、Aでないことを示すには、Aでない可能性が大きいと示すだけでは足りず、Aでないことが必然だと示さなくてはならない。すなわち、「すべての人の祖先はほかにもいる可能性が大きい」と示すだけでは足りず、「すべての人の祖先はほかにもいることが必然だ」と示すことが必要だ。上記の説明は、この条件を満たしていない。上記の説明は、「人類はイブ一人から始まったという事実を示すものではないかもしれない」と結論できるだけだ。それ以上のことは何も言えない。
また、「他の家系とも十分に混血が進んだ」ということは、他にもイブがいることを意味しない。なぜなら、混血が進むのは、イブよりもあとの世代のことだからだ。イブの孫やひ孫がどんなに混血しようと、イブの世代に他のイブがいることの論拠とならない。
「すべての人の祖先はほかにもいることが必然だ」つまり「イブの世代に他のイブがいる」ということは、おそらくは事実なのであろう。その意味で、上記の結論だけは正しいのだろう。ただし、その論拠としては、上記の説明は不十分なのである。したがって、「人類はイブ一人から始まった」という説は、論理的には、いまだ否定されていないことになる(論理的には、肯定も否定もされず、未決着という状態である)。
[編集] 関連項目
- 女系
- Y染色体アダム
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