シャルル・マリ・ボナパルト
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シャルル・マリ・ボナパルト(仏: Charles Marie Bonaparte、1746年3月29日 - 1785年2月24日)は、コルシカ島のフランス貴族。ナポレオン・ボナパルトの父親。コルシカ語名はカルロ・マリア・ブオナパルテ(Carlo Maria Buonaparte)。
1746年、コルシカ島のブオナパルテ家に生まれる。ロンバルディア州に起源を持つ古い地主の家柄であった。1764年に14歳のマリア・レティツィア・ラモリノと結婚して、以後8人の子供をもうける。判事をしていたが、コルシカ独立闘争の折にはパオリの副官を務めていた。後にフランス側に転向し、この事で貴族の資格を得てナポレオンを本土の士官学校ヘ学ばせることができた。1785年、死去。