誤認逮捕
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誤認逮捕(ごにんたいほ)とは、警察などの捜査機関がある人物に対して犯罪を犯したという嫌疑をかけて逮捕したものの実際にはその人物は無実であった(無辜の者であった)ことが判明した場合の逮捕行為を指す用語である。
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[編集] 概要
捜査機関がある人物を逮捕した場合に、その後の捜査によってその者の無実が判明し、釈放される場合がある。この場合の逮捕を誤認逮捕という。なお、法的用語とはいえず、マスコミ・一般用語である。
誤認逮捕は、下記に述べるように、現行刑事裁判制度においては逮捕制度に内包された、当然におこりうる状態である。そのため、原則として違法行為ではない。
なお、冤罪は法的用語としては無実の人物が起訴され審理を受けた結果、無実であるのに有罪判決を受けた場合を指す。これに対し、誤認逮捕は逮捕の時点では有罪か否かをこれから判断する状態であり、また冤罪は逮捕を必ずしも要しない。そのため、誤認逮捕と冤罪は厳密には異なる用語であるが、マスコミ等には混同されて使用されることがある。
[編集] 誤認逮捕の発生原因・違法性
[編集] 発生原因
逮捕は捜査機関がある人物に対して犯罪を犯したとの嫌疑を持った場合に逮捕の必要性があればなしうるのであるが、捜査機関は逮捕を行うことで犯人の逃亡防止や証拠隠滅を防止し、逮捕した人物を起訴をして有罪の判決を得られるだけの証拠を集めるための捜査を行うため、この「嫌疑」はその時点の証拠関係から判明した相当程度のものでよい、とされる。したがって、必ずしも確実ではないものの、ある人物が犯罪を犯したとの嫌疑が高く、その者の逃走や証拠破壊を防ぐ必要がある場合には逮捕がなしえ、その中にはその人物が無実であった場合も含まれうることになる。
したがって、誤認逮捕はおきない方が良いということは当然としても、逮捕したものが実は犯罪を犯していなかった、と後から判明することは制度上は何らおかしいことではない。
そのため、誤認逮捕がおきる場合には、捜査機関が適切な努力のもとに、適切な確信をもって逮捕行為を行ったが、誤認逮捕が発生してしまう場合がある。
- 特に、先行して逮捕された者が無実の者を共犯者として引きずり込もうとした場合に鮮明に現れる。例えば、覚せい剤使用の罪で逮捕したAが、「Bとともに使用した」と供述をした場合、Bに対して逮捕の要件が具備され(Bに覚せい剤使用歴などがあればなおさらである)、逮捕がなしうる。しかし、逮捕後の捜査でAの供述が嘘であり、Bが無実であると判明すれば、Bの逮捕は誤認逮捕であったということになるが、この場合の捜査機関の行為は適切である。
もっとも、捜査機関の完全な怠慢によって、あやふやな証拠を妄信し、事実を確認する捜査を怠ったために誤認逮捕が発生してしまう場合もある。
- 逮捕はされていないが、松本サリン事件ではそのような捜査がなされたとされている。
[編集] 違法性
一般的には逮捕された人物は犯罪を犯したものと確信されがちであり、誤認逮捕が判明した場合にはマスコミによって一概に「捜査機関の誤り」としてセンセーショナルに報道される場合がある。しかし、上記の様な発生原因から、原則として誤認逮捕は違法行為とはいえない。
これは、逮捕などの捜査機関の行為は、裁判所に対し被疑者・被告人が有罪か無罪かの判断を求めるための行為であるということからも言える。捜査機関の行為がそのような行為である以上、逮捕から捜査が進んでもなお被疑者が無実であると判明せず、無実の人物を起訴した場合にも原則として国家賠償法上の違法性を有しないのであり(「芦別事件」最高裁判所判決要旨)、警察の逮捕行為はなおさらである。したがって、誤認逮捕が起きたとしても、原則として違法ではない。
もっとも、明らかに捜査機関が努力を怠ったりするなどして、無実であることが明らかであるのに敢えて逮捕を行った場合には国家賠償法上違法とされる余地がある。
[編集] 捜査機関に要請される捜査
先入観にとらわれず、無罪推定の原則・原点に立ち返った適正な犯罪捜査の執行が要請される。
[編集] 事件例
2004年、店内において女が「泥棒!」と叫び、前に並んでいた老人の男性が、周囲の店員や警察官に長時間取り押さえられ、心臓発作で死亡するという、極めて痛ましい事件(告した女はその後行方不明)が起こっている(2004年2月17日:四日市ジャスコ誤認逮捕致死事件。事件詳細)。現行犯扱いにおける誤認の場合警邏官の制圧や発砲などによる死亡例については被害者は抗弁の機会を失うことになる。
- ただし、本件の場合問題であるのは誤認逮捕そのものではなく、逮捕の際の強制的行為である。
2006年には京都府で別の事件で逮捕された男性が傷害事件を起こした友人を庇うため嘘の供述をし、十分な裏付け捜査を行わず無関係な男性を共犯として逮捕し5日間拘束したという事例も発生している(事件を起こした男性が出頭し初めて発覚した)。
また、2006年11月には、誤認逮捕を招いたとされる被告人が偽証罪に問われた刑事裁判において、東京地方裁判所は主犯格とされた被告人に懲役4年6月の重い実刑判決を下した。この事件は、被告人が交通事故を起こしたものの、警察に対し知人男性が犯人であると供述して知人男性に対する誤認逮捕を招き、さらに知人男性に対する裁判においても同様の供述をしたとするものであり、公判において嘘の供述を続けたために被告人は偽証罪に問われたものである。まだ判決は未確定であるが、重い実刑判決が出されたことに裁判所は事態を重く見ていることが現れている。