大韓航空機爆破事件
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大韓航空機爆破事件(だいかんこうくうきばくはじけん)は、1987年11月29日、イラクのバグダッドからアラブ首長国連邦のアブダビ、タイのバンコクを経由して韓国のソウルへ向う途中の大韓航空858便・ボーイング707型機(登録記号HL7406)を朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作員が時限爆弾で飛行中に爆破したテロ事件。
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[編集] 事件概要
韓国の捜査当局と、墜落機の捜索に当たったミャンマー、タイ両政府、経由地のアラブ首長国連邦などの発表によると、北朝鮮の工作員男女各1名がこの飛行機に乗り込み、時限爆弾を手荷物入れに入れたまま経由地のアブダビで降り、バンコクに向かう途中ベンガル湾上空を飛行中に時限爆弾が爆発し墜落、乗客・乗員115人全員が死亡又は行方不明となった。この航空機の乗客のほとんどは出稼ぎから帰る韓国人男性だったという。
尚、この事件の指導・総指揮は、当時既に金日成の後継者に指名されていた朝鮮労働党書記・金正日(朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長)が取ったと言われており、その主な目的は、翌年にソウルで行われたソウルオリンピックの妨害であったと言われている。
[編集] 工作員逮捕の経緯
韓国捜査当局とアラブ首長国連邦の現地当局、日本の捜査当局などの発表によれば、次のような経過で容疑者は逮捕された。
韓国の警察はバグダッドで搭乗して経由地の空港で降りた怪しい男女2名を特定した。この2名は日本のパスポートを持っており、経由地のアブダビの空港で別の飛行機に乗り換えようとしていた。そのため韓国警察より依頼を受けた日本大使館員が現地警察官とともに駆け付け、その場でパスポートを確認、偽造であると判明したため連行しようとした。しかし男性はその場でカプセル入りの自殺用毒薬で自殺。女性も自殺を図ったが一命を取りとめた。
この男女が所持していたのは偽造パスポートであったため、女性工作員の身柄は韓国へ引き渡された。後の尋問で、女性工作員は一連の犯行を認めた。この女性は北朝鮮工作員の金賢姫(김현희 キム・ヒョンヒ)で、「李恩恵」(리은혜 リ・ウネ)と呼ばれる女性(日本から北朝鮮の工作員に拉致された田口八重子さんとみられている)に教育を受け、実在の日本人名を使用し日本人になりすましていた。 彼女は裁判で死刑判決を受けたが、遺族の抗議の中、政治的配慮から特赦された。特赦の理由については、北朝鮮当局からの強い要請によるもの、とされている。[要出典]
[編集] 事件その後
2004年12月、ソウルの検察当局は訴訟を受けて、事件関連記録のうち個人情報関係を除く全てについて公開を決定した。
2005年2月、国家情報院の「過去史真実究明委員会」(過去史委)は事件の再捜査を決定し、翌年8月に報告書を発表した。それによると、当時の政権が事件を政治的に利用したのは事実と推測されるが、北朝鮮工作員によるテロに間違いないと結論付けている[1]。
[編集] 疑惑
ベンガル湾の洋上で爆破されたため機体に関する物証が少なく、北朝鮮との関係を悪化させるべく韓国国家安全企画部(現・国家情報院)が仕組んだ謀略ではないかという説が一部で主張されている。(機体の残骸の多くが回収できず、海上で空中分解した事故に多く見られるように原因究明に最も重要かつ必要なブラックボックス(フライトレコーダー・ボイスレコーダー)さえ見つかっておらず、乗員乗客全員が行方不明。行方不明の段階で早々に「爆破され墜落か」などと発表が為されている)
他にも、金賢姫の自白には矛盾点が指摘され、また、金賢姫が裁判で死刑判決を受けながら大統領特赦で赦免され、しかも韓国国家安全企画部(現・国家情報院)部員と結婚したこと、しばらくはマスコミの取材にも応じていたが、恩赦に対する遺族からの批判が増す中、情報部員と離婚し、事件の疑惑が韓国で小説化された前後に姿をくらましていることなどから、金賢姫は本当に北朝鮮の工作員だったのかという疑問が一部でささやかれている。
偽造パスポートが日本人名義の物だったにも拘らず、日本政府当局が旅券法違反で逮捕せず韓国側に身柄を渡してしまった事について、不手際を指摘する声があった。
但し、このような陰謀論は大きな事件が起きたときにはありがちな話で、日本航空123便墜落事故やアメリカ同時多発テロに於いてもささやかれており、調査結果を受け入れたくない遺族の心理や、論者の政治的な偏向に影響されていると思われる。また、携帯できるような爆発物では航空機を墜落できることは出来ないという指摘もあったが、過去の航空機爆破事件(インド航空182便爆破事件など)において、巡航高度を飛行中の旅客機に亀裂や穴が開くと風船が破裂したように空中分解した例がある(著名な事例に機体欠陥であるが、小さな亀裂から空中分解したデハビランド コメット連続事故がある)何れにせよ物証は無いため、同機の失踪乃至墜落状況は不明である。
[編集] その他
- このHL7406号機は1971年に製造され、当初は大統領外遊時の特別機としても使用されていた。事件の2ヶ月前には金浦国際空港でランディングギアが出ず胴体着陸する事故を起こしており、修理を終えて戦列復帰した直後にこの事件が起こった。
- 申相玉監督により、『真由美』という題で映画化された(1990年公開)。
[編集] 参考文献
- 徐鉉佑 金載協『背後―金賢姫の真実』(幻冬舎 2004年) ISBN 4344006267
- 野田峯雄『破壊工作―大韓航空機「爆破」事件の真相!』(宝島社 2004年) - ISBN 4796641009
- 中川信夫『疑惑の真由美事件―あの大韓機はどこへ行ったか』(柘植書房新社 1988年) ISBN 4806802557
- 文光佑 朴明淳 朝鮮総聯・KAL機失踪事件特別取材班 『謀略は暴かれた―KAL機失踪と「真由美」の謎』(1988年) - ISBN 490035012
[編集] 脚注
- ↑ 『過去史委「全斗煥政権、KAL機爆破事件を政治利用」』、朝鮮日報、2006年8月2日。事件への主な疑惑と過去史委の発表が対比されている。