劣化ウラン弾
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劣化ウラン弾(れっかウランだん、Depleted uranium ammunition)とは、弾体として劣化ウランを主原料とする合金を使用した弾頭全般を指す。 素材となる劣化ウランは化学的な毒性を持つ重金属であり、また放射性物質でもあるが、運用の結果この劣化ウランを環境に放散させる事になる。これらの弾頭には使用の是非をめぐっての議論がある。
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[編集] 特性
劣化ウランの比重は約19であり、鉄(約8)の2.5倍、鉛(約 11)の1.7倍である。そのため合金化して砲弾等の兵器に用いると、大きな運動エネルギーを得られるため、主に対戦車用の砲弾・弾頭として使用される。同様に対戦車用砲弾に用いられる材料として炭化タングステンやタングステン合金がある。これらは劣化ウランと比重は同程度だが装甲板に命中した際、弾芯先端が茸傘状に変形しつつ浸徹する。これに対し劣化ウラン弾芯は装甲板に命中した際、自己鋭利化しつつ浸徹する。したがって劣化ウラン弾芯を利用した徹甲弾は同重量のタングステン系弾芯を利用した徹甲弾よりも貫徹力で勝る。
またウラン単体の融点は1132℃と比較的低いため、着弾時の摩擦熱によって融解飛散しやすく、飛散した結果発生するエアロゾルは空気中の酸素で酸化され燃焼する。このため、着弾の際に焼夷効果が期待できることから、対戦車砲弾等に応用した場合には高い貫通力を発揮するのみならず、弾頭としてきわめて望ましい特性をもつ稀有な素材であると言える。
[編集] 使用しているとされる兵器
- GAU-8/A:合衆国空軍の30ミリ砲弾。約300gの貫通芯のうち99.25%が劣化ウラン。フェアチャイルドA-10AサンダーボルトII攻撃機から毎分4200発発射される。
- M774:約3.4kgの劣化ウラン貫通体を持つ。使用はM735A1に準じる。
- M833:約3.7kgの劣化ウラン貫通体を持つ。合衆国陸軍の105ミリ砲弾。EX35の105ミリ砲のシステムで使われる。
- XM919:約85gの劣化ウラン貫通体を持つ。合衆国陸軍の25ミリ砲弾。主としてブラッドレー戦闘車で使われる。
- XM900E1:約10kgの劣化ウラン貫通体を持つ。合衆国陸軍の105ミリ砲弾。
- 名称不詳の合衆国海軍の20ミリ砲弾:艦艇のファランクス対空迎撃システムに利用。使用はBlock0のみ。
これら以外にも、防御用としてM1A1(HA)戦車、M1A2戦車の装甲用構成部品として劣化ウラン装甲が使用されている。
トマホーク巡航ミサイルには劣化ウランは使用されていない(1999年に米国防総省は明言しており、またトマホークの運用上・特性上も使用する意味が希薄である)。ただし、新型のタクティカル・トマホークの地下貫通型については可能性があるが、2005年春の時点で未配備であるため確認は取れていない。
バンカーバスターにおける劣化ウランの使用は、BLU-109/Bについては使用されていることが確認されている(ロッキード社の特許を申請に明記)。
アメリカ以外で劣化ウラン弾を装備している国は、イギリス、フランス、ロシア、カナダ、スウェーデン、ギリシャ、トルコ、イスラエル、サウジアラビア、ヨルダン、バーレーン、エジプト、クウェート、パキスタン、タイ、台湾、韓国、などがある。
このうちイギリスは、主力戦車チャレンジャー2の主砲換装を決定、使用砲弾も砲製造会社のものに変更するため、劣化ウラン弾の生産を停止。ドイツ・ラインメタル社とスイス・RAUG Land Systems社が生産する120mm滑腔砲のどちらかが採用予定であり、両社とも劣化ウラン弾は生産していない。故にイギリスは、将来的には(主力戦車の主砲弾としては)劣化ウラン弾頭を装備しなくなる。
ドイツ(旧西ドイツ)は、環境汚染を理由に冷戦時代から今日までレオパルド戦車でタングステン砲弾を使用し続けている。
日本の自衛隊も2005年春の時点ではタングステン砲弾を配備しており、劣化ウラン弾は保持していない(海上自衛隊が保有する護衛艦の一部に搭載されている対空迎撃システム、ファランクスCIWSの最初の量産モデルであるBlock0では、メーカー純正の弾頭には劣化ウラン弾が採用されていたが、このBlock0を導入した海上自衛隊では弾薬を国産化し、アメリカ製の劣化ウラン弾は当初より使用していない。また、アメリカにおいても後継の量産モデルであるBlock1(1988年)からは劣化ウラン弾の使用を止めている)。
日本とドイツにおいては、その軍事力の運用に際し専守防衛を旨とする点でも共通しており、自国土・領海内での使用を前提とした装備については劣化ウラン弾頭を配備しない方向性が明確である。
[編集] 実戦での使用
1991年の湾岸戦争で、米軍がイラク戦車部隊に使用した(公式には約300トン)。
その後、NATOによるPKF多国籍軍がボスニア紛争およびコソボ紛争に介入し、ボスニアで約1万発、コソボでは約3万発の劣化ウラン弾を使用したことを公式に認めている。
また、2003年3月以降のイラク戦争でも、米軍は劣化ウラン弾を大量に使用したと言われている。人道支援・戦後復興支援のためにイラクに派遣された陸上自衛隊が駐留したサマーワ郊外においても、実際に、米軍がイラク戦争時に使用したものと見られる劣化ウラン弾(複数)が発見されている。
[編集] 健康被害
劣化ウラン弾頭が着弾し、あるいは劣化ウラン装甲に被弾することによって劣化ウランが燃焼すると、酸化ウランの微粒子となり環境に飛散する。そのためこれを吸引する等して体内に取り込まれた場合、内部被曝や化学毒性などによる健康被害を引き起こすとして、その影響が懸念されている。
湾岸戦争後、米軍の帰還兵などに「湾岸戦争症候群」と呼ばれる健康被害が確認されており、劣化ウランがその原因の一つではないかとする説がある。また過去にも劣化ウラン弾頭が使用されたボスニアやコソボ等の地域においては、白血病の罹患率や奇形児の出生率が増加した等と主張する健康被害が報告されている。
ただし、これらの指摘・症状と劣化ウランとの因果関係の証明には、まず疫学的に有意なデータを得るだけでも膨大なサンプル数の確保と時間が要求されるため、標本の量・質とも決定的に不足する現段階では、シロ・クロのいずれとも結論を出すのは困難であるという指摘がある。また、性質上その被害が発展途上国に集中しやすく軍事衝突でのみ被害が発生するが故に(タングステン弾を利用しにくい旧ソ連製兵器でも利用がかなり多いため)、企業が研究資金を拠出することはほとんどない。そのため、この分野の研究者は慢性的な資金難に泣かされているのが現状である。
これらの懸念や報告に対し、劣化ウラン弾頭や劣化ウラン装甲を使用する当事者であるアメリカ政府の現段階の公式見解では劣化ウラン弾による健康被害を否定しており、この症状は劣化ウラン弾による影響ではなく、フセイン政権がかつて用いた化学兵器の残留物の影響であると主張している。 また「湾岸戦争症候群」についても、イラク軍による油田破壊によって放散した化学物質の影響や、戦争前に兵士に投与された対化学戦用ワクチンの副作用によるものであるとする説もある。 湾岸戦争に限定したそれらの説に加え、ボスニアやコソボを含む「白血病の罹患率や奇形児出生率の増加」に関するデータも、当事者として医療現場が主張する統計的な根拠や信頼性に対しては疑問を提示している。UNEPの公式報告書でも、ボスニア・コソボにおける劣化ウラン弾使用の放射線による影響を懸念・重要視していない。WHOはUNEPの収集したデータを基に「DUが紛争で使われた地域の住民や滞在していた民間人に対して、DU毒性に関する医学的スクリーニングを行う健康上の理由はない」と結論づけている。これらは、主に劣化ウラン弾頭が使われるまで、元々の地域では白血病や奇形児出生に関する統計をとっていないために発生している。
一方、ボスニアでは劣化ウランが飛散した地域でプルトニウムが検出されており、調査の結果、劣化ウラン弾頭に用いられた劣化ウランに核燃料用ウラン濃縮工程由来でプルトニウムが混入していたという事実が判明している。
このように、双方の主張と反論は互いにその信頼性・妥当性のレベルで水掛け論の様相を呈している実状もある。
他方、環境・人体への悪影響が懸念される以上、少なくとも安全性を明確に確認するまでは、予防原則に基き保有および行使は規制・禁止されるべきであるとする慎重な指摘もある。
[編集] 是非をめぐって
劣化ウラン弾頭の扱いの是非をめぐっては、目下のところもはや科学的・医学的な知見と判断による理性的な世界からは大きく乖離し、イデオロギー対決の様相を帯びてしまっているのが現実である。
対立点は、およそ以下の三項目に整理できる。
- 劣化ウランの物性
- 健康被害への影響の有無
- 劣化ウラン弾頭の兵器としての分類
このうちの1については、劣化ウランは化学毒性をもつ重金属であり、また放射性物質であることも明らかである。放射性物質としては、弾頭や装甲に応用されているものを除き、他の低レベル放射性物質と同じく管理下におかれ、環境への漏洩や放散といった事態が発生しないように運用されている。 したがって、劣化ウランだけは特別に安全であり問題ない、といった露骨な二重基準を適用した論調は、もしもそのような論を立てている者が劣化ウラン弾頭・装甲の使用に関して否定的でない側に立脚しているとするなら、その判断と主張は多分に恣意的なものであるか、あるいは理解と配慮が足りていないと判断せざるを得ない。
また、2の健康被害への影響については、2005年現在ではサンプルも追跡件数(年数)も不足しており、疫学上有意な結論を導くことができる状態には無いのが現実である。これはつまり、シロともクロとも判断できない処分保留の状態であり、懸念は懸念として存在し続けているということである。 したがって、殊更におおげさにその懸念や影響を喧伝したり、あるいは現時点でクロでないならシロとして扱うべきであると言うような、自らの依る立場に都合のよい解釈をする者達の言説に対して、より注意深くあらねばならないということでもある。
とはいえ、あくまでも一般論として、放射性物質が人体に及ぼす放射線の影響の強さは総合的に考える必要があり、過度の危険視も、過度の軽視と同じく事実を見誤る可能性を否定できない。 特に劣化ウランは重金属としての化学的毒性とそれによる健康的・遺伝的影響力を持つという意味で、環境に対する過度の破壊は十分懸念する必要はあるが、放射性物質としての特性と比べると化学的特性・毒性に関する言及・研究に乏しいのは今後の課題であろう。
3に関しては、二つの側面を持つ。 一つは、劣化ウランが放射性物質としての性質をもつ点を極度に危険視するあまり、劣化ウラン弾頭を核兵器(熱核兵器)や大量破壊兵器と混同する論調である。これは劣化ウラン弾頭の焼夷効果は熱核反応によるものではないため、この点を混同する批判者には劣化ウランの物性および核分裂に関する知見がないものと判断することができ、明確に否定できる。もう一つは、劣化ウラン弾は使用することで、低レベルであるとはいえ放射性物質である重金属の粉塵や微粒子を環境に放散させ汚染する兵器である、という側面である。このことは物性から明らかであり、したがって、「劣化ウラン弾頭は核兵器や大量破壊兵器に分類されない以上は通常の兵器であり、通常の兵器である以上は無害であるから、懸念そのものが存在しえない」といった論調もまた、明確に否定できる。 劣化ウラン弾頭は目下、大量破壊兵器として定義づけられてはいないが、国連人権小委員会は1996年に、大量破壊兵器(核兵器・化学兵器・生物学兵器)と並び、「燃料気化爆弾、ナパーム、クラスター爆弾、劣化ウランが含まれる兵器」を「無差別的な効果のある(indiscriminate effect)兵器」とし、これらの生産と拡散の制限と、間接的・累積的な効果等の情報収集を国連事務総長に要請した。
[編集] 「政治的な主張」の問題
劣化ウラン弾の辞書的定義を語る際には、その物質的特性と並んで、「政治的な主張」をめぐる言及を回避することは難しい。
現在、公的に劣化ウラン弾の使用を認めているのがアメリカ政府(とNATO)であること、および劣化ウランが放射性物質であることの2点から、しばしば劣化ウラン弾の「被害」については、ボスニアやコソボやイラクその他の小児白血病患者を中心にした「子どもの画像」が、反米・反核をイデオロギーとして持つ団体によってプロパガンダ素材として使われているという現状もある。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 武力紛争における劣化ウラン兵器の使用
- 在日米国大使館/劣化ウランに関する情報
- IAEAの劣化ウランについてのFAQ(英語)
- 上の仮翻訳(在日米国大使館)
- 「米軍鳥島射爆撃場における劣化ウラン含有弾誤使用問題に係る環境調査について」 @ 日本の環境放射能と放射線 (文部科学省の情報公開サイト)
- 劣化ウラン弾@はてなダイアリー
- ブルックス准将による2003年3月26日の記者会見(英文)
- U.N. Sub-Commission on Prevention of Discrimination and Protection of Minorities, Report of the Sub-Commission on Prevention of Discrimination and Protection of Minorities on its 48th Session , U.N. Doc. E/CN.4/Sub.2/1996/41 (1996).(1996年国連人権小委員会における劣化ウラン弾関連のテキスト・英文)
- 劣化ウランに関する資料リンク集
- UNEPの公式報告書(日本語訳)
- WHOの概況報告書(日本語訳)
- 劣化ウラニウム被曝のためのWHOガイダンス -医療従事者・事業管理者のために-(日本語訳)