ポール・サミュエルソン
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ポール・サミュエルソン(Paul A. Samuelson, 1915年5月15日 - )はアメリカの経済学者。
シカゴ大学に進学し、1935年に 学士号を取得、更に1941年にハーバード大学から博士号を取得し、マサチューセッツ工科大学で教鞭を取っている。この間、1947年にジョン・ベーツ・クラーク賞を、1970年にノーベル経済学賞を、それぞれ受賞した。また1996年にはアメリカ国家科学賞も授与された。
経済学の多岐にわたる分野で活躍し、古典派経済学にジョン・メイナード・ケインズのマクロ経済学的分析を組み合わせた新古典派総合の創始者として著名。厚生経済学の分野では、リンダール・ボーウェン・サミュエルソン条件(ある行動が福祉をより良くするかどうかを決める判断基準)で知られている。また、公共(または国家?)財政理論においては特に公共財と私財における資源の最適配分決定についての研究で知られている。
一方、彼は有名な教科書『経済学』(日本では『サムエルソン経済学』)の著者としても知られている。『経済学』は1948年に初版が発行され、以降50年に渡って定期的に改訂版が出版され続けている。難解過ぎたため理解者を欠いていた感があるケインズの思想を、学生が理解できる水準まで、わかりやすく解説できたのはサミュエルソンの能力のなせる技であり、この出版が後の経済学界へ与えた影響は大きい。
彼は『経済学』の第3版で、不況時に公共投資を実施することによる有効性を指摘し、もって、景気の過熱や過度の後退を避けることで、前進的成長を維持できるとし、もって、古典派経済学(市場万能論)とマクロ経済学を融合を図る新古典派総合を提唱した。この理論は、1960年代の民主党政権に多大な影響力を与えた。如何に彼の影響力が大きかったかは「ノーベル経済学賞はサムエルソンをノーベル賞に受賞させるために創設された」と言われていることからも伺える。
しかし、1970年代のスタグフレーションに、サムエルソンは有効な対策を提唱できず、マネタリストのミルトン・フリードマン、新古典派のロバート・ルーカス、成長論のロバート・ソロー、公共選択論のジェームス・ブキャナン、ポストケインジアンのジョーン・ロビンソン等、様々な立場から批判を浴び、急速にその影響力を喪失させることとなった。