ニュルンベルクのマイスタージンガー
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ニュルンベルクのマイスタージンガー(Die Meistersinger von Nürnberg)は、ワーグナーが作曲した楽劇。台本も作曲者自身による。16世紀中ごろのニュルンベルクが舞台。マイスタージンガーとは、職人の親方が歌手を兼ねている、いわば「親方歌手」で、「名歌手」という邦訳もあるが、現在ではあまり使われない。
目次 |
[編集] 初演と演奏時間
1868年6月21日、バイエルン宮廷歌劇場。ハンス・フォン・ビューローの指揮による。ウィーン初演は1899年で指揮はグスタフ・マーラー。日本初演は1960年、日比谷公会堂にて。指揮はマンフレート・グルリット、管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。
演奏時間は約4時間20分。
[編集] 主な登場人物
- ハンス・ザックス(バス)靴屋の親方。男やもめ。
- ヴァルター・フォン・シュトルツィング(テノール)フランケン地方からきた若い騎士。
- エーファ・ポーグナー(ソプラノ)ポーグナーの娘。歌合戦の「賞品」にされる。
- ダーヴィト(テノール)ザックスの徒弟。マクダレーネに思いを寄せる。
- マクダレーネ(アルト)エーファの世話係。
- ファイト・ポーグナー(バス)金細工職人。エーファの父。
- フリッツ・コートナー(バス)パン職人。
- ジクストゥス・ベックメッサー(バリトン)市の書記。
- クンツ・フォーゲルザンク(テノール)毛皮職人。
- コンラート・ナハティガル(バス)ブリキ職人。
- バルタザル・ツォルン(テノール)錫細工職人。
- ウルリヒ・アイスリンガー(テノール)香料屋の親方。
- アウグスティン・モーザー(テノール)仕立屋。
- ヘルマン・オルテル(バス)石鹸職人。
- ハンス・シュヴァルツ(バス)靴下職人。
- ハンス・フォルツ(バス)銅細工職人。
- 夜警(バス)
[編集] 構成とあらすじ
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
[編集] 第1幕
前奏曲のあと、教会の礼拝で一目惚れするエーファとヴァルター。しかし、ヴァルターはマクダレーネから明日の歌合戦の優勝者がエーファに求婚できることを知る。ヴァルターはダーヴィトに歌の作法を聞くが、あまりの煩雑さにうんざりする。それでもエーファへの思いから、ポーグナーの知己を利用して親方たちの歌試験(einer Freiung und zunftberatung)に挑む。エーファとの結婚を望んでいたのはヴァルターばかりでなく、市の書記ベックメッサーも同様だった。ベックメッサーは、邪魔になりそうなヴァルターの歌の採点係を申し出、ヴァルターの歌に片っ端からチェックを入れ、歌の途中で「間違いだらけで落第」を宣言する。ヴァルターの奔放な歌いぶりは親方たちの支持も得られない。しかし、その中で、ハンス・ザックスだけがヴァルターをかばう。約80分。
[編集] 第2幕
ザックスはヴァルターの歌が頭から離れず、「感じるが、理解できない」と歌う。エーファはザックスとマクダレーネに歌試験の結果を聞いて失望する。エーファとザックスの間に微妙な空気が流れる。ベックメッサーがエーファの窓辺でセレナードを歌うつもりであることを知ったエーファは、マクダレーネを部屋にやり、自分はヴァルターと出会う。ヴァルターとエーファはこのまま駆け落ちしようとするが、ザックスが路上に明かりを灯して靴の仕事を始め、二人を阻む。ベックメッサーが登場、エーファの部屋にいるマクダレーネをエーファと信じて、セレナードを始めようとするが、ザックスが大声で歌っているのが邪魔になる。ベックメッサーの歌をザックスが靴の仕事で試験するという珍妙な合意が成立し、ベックメッサーはセレナードを歌い始める。たちまちザックスが槌を打ちまくって「採点」する。苦り切るベックメッサー。やがて、この騒動に近所の人が起きだしてくる。エーファの部屋にいるのがマクダレーネだと気がついたダーヴィトが、ベックメッサーがマクダレーネに言い寄っていると思いこんでベックメッサーを殴りつける。これがきっかけとなって、町中の人間が大げんかを始める。騒ぎのなかで、ザックスはエーファをポーグナーに引き渡し、ヴァルターとダーヴィトを自宅に引きずり込む。夜警が11時を知らせて幕。約60分。
[編集] 第3幕
翌日の早朝。前奏曲では、ザックスの「諦念の動機」が扱われる。ダーヴィトが、夕べの騒ぎの件でザックスに叱られるかとびくびくしているが、ザックスは心ここにあらず。「迷いのモノローグ」を歌う。やがてヴァルターが起き出し、ヴァルターが見たという夢を素材に、ザックスが歌の規則を伝授する。ヴァルターが着替えのために退場すると、ザックスの家にやってきたベックメッサーが、この歌の書き付けを発見、ザックスがエーファへの求婚の歌を歌うつもりと思い、ザックスを非難する。ザックスは一計を案じて、ベックメッサーに書き付けを進呈、喜び勇んだベックメッサーは去る。エーファが着飾ってザックスを訪ねてくる。そこへやはり着替えをすませたヴァルターが現れ、夢の歌の続きとなる。ザックスにもエーファへの思慕があり、彼はそれを絶つ。ここで『トリスタンとイゾルデ』が引用される。ザックスはヴァルターの歌を「聖なる朝の夢解きの調べ」として洗礼の儀式を挙げ、ダーヴィトを徒弟から職人へ格上げする。エーファ、ヴァルター、ザックス、ダーヴィト、マクダレーネによる五重唱(愛の洗礼式)。
舞台転換してヨハネ祭が行われる野原。祭りのファンファーレとともに、徒弟たちの踊り、マイスタージンガーの入場と続く。人々が「目覚めよ、朝は近づいた」のコラール(実在のハンス・ザックスの歌詞に基づく)を合唱、ザックスが演説する。歌合戦が始まり、ベックメッサーが書き付けの歌詞を自分のセレナードに当てはめて歌おうとするが、うろ覚えのため、大失敗に終わる。聴衆の笑いに怒ったベックメッサーは、これはザックスの歌だと叫ぶ。ザックスは、歌の本当の作者としてヴァルターを紹介、ヴァルターは「朝はバラ色に輝いて」を見事に歌う。人々も親方たちもヴァルターを称え、ポーグナーはヴァルターにマイスターの称号を授与しようとする。しかし、ヴァルターはこれを拒否。ザックスは、「マイスターを侮ってはいけない」とヴァルターを諫め、「神聖ローマ帝国はもやと消えても、聖なるドイツ芸術は我らの手に残るだろう。」と歌う。全員がザックスと「ドイツ芸術」を讃えて幕。約120分。
[編集] 第1幕への前奏曲
『ニュルンベルクのマイスタージンガー』前奏曲として、ワーグナーの楽曲のなかでもよく親しまれ、演奏会で採り上げられる機会が多いだけでなく、祝祭的なイメージから、式典(大学の入学式など)での演奏機会も多い。冒頭はハ長調の堂々たる開始、終わりは直接教会のコラールにつながっている。「マイスタージンガーの動機」、「芸術の動機」、「愛の動機」など、オペラ中に使用されるライトモティーフの代表的なものが扱われる。ソナタ形式によるが、再現部ではこれまで提示してきた各種旋律が同時進行する。この手法は、のちにブルックナーが交響曲第8番第4楽章の結尾で使用している。
[編集] 作曲の経緯
1845年に『タンホイザー』を完成したワーグナーは、喜劇的なオペラを計画、ゲルヴィヌス『ドイツ国民文学史』を読んでニュルンベルクやハンス・ザックスについて興味を持って草稿を書いたが、この時点では、『タンホイザー』と同じく歌合戦を題材にした「軽い喜劇」であった。しかし、次第に構想が膨らみ、1961年から台本執筆にとりかかり、全曲が完成したのは、1867年であった。前作『トリスタンとイゾルデ』と同じく、『ニーベルングの指環』の『ジークフリート』の作曲が中断されている間に作曲された。
[編集] マイスター歌曲とは
ニュルンベルクでは、手工業が発達し、各手工業の代表者たちが芸術(歌唱)に携わり、マイスタージンガーと呼ばれていた。これには厳しい修行過程があり、「見習い」、「弟子」、「歌手」、「詩人」、「親方」という段階があった。マイスター歌曲は、中世の騎士歌人の伝統を継ぐ「バール形式」をとる。これは、3つのバールで構成され、一つのバールはまた3節からなり、第1節(シュトレン)と第2節は同じ旋律、同じ長さ、第3節は新しい旋律を用いてより長いという規則がある。このほか、さまざまな名前を持つ定まった旋律があり、これに装飾を施し詩に当てはめるための煩雑な規則がある。これらは、オペラのなかでも第1幕でダーヴィトやコートナーの歌に出てくるものである。これらの煩雑で硬直した「規則性」と、革新的な音楽の軋轢・対決の構図には、現実面でのワーグナー自身の葛藤が表されており、第3幕でザックスが規則を教えながらヴァルターの歌をともに作り上げていく過程には、ワーグナーにとっての音楽の一つの理想が描かれていると解釈されている。
[編集] 作中人物のモデル
- ハンス・ザックス
- 主人公のハンス・ザックス(1494 - 1576)は、実在の人物である。実在のザックスもまたニュルンベルクのマイスタージンガーであり、第3幕のコラール「目覚めよ、朝は近づいた」はザックスの詩に基づく。オペラのザックスは男やもめという設定であるが、実在のザックスも妻に先立たれ、子供もなくして男やもめとなったが、のちに若い女性と再婚したという。
- ベックメッサー
- また、オペラで滑稽な悪役である市の書記、ベックメッサーは、当時ワーグナー派を徹底して攻撃する論陣を張っていた音楽批評家、エドゥアルト・ハンスリックがモデルとなっている。ワーグナーは、当初ベックメッサーの名前をハンスリッヒとしていたほどであり、この当てつけは意図的なものである。ワーグナーの自伝では、オペラの台本朗読会に招かれたハンスリックは、次第に不機嫌になり、終了後、怒って帰ったとされる。当のハンスリックによる『マイスタージンガー』評が残っているが、ワーグナーのユーモアの欠如は救いがたいとしつつ、一方で第1幕でのポーグナーの演説やヴァルターの歌、第3幕の五重唱など喜劇的でない部分では賞賛を惜しまないなど、現代に通じる批評となっている。
[編集] ナチス・ドイツの利用問題
『マイスタージンガー』は、ザックスが「ドイツ芸術」を称揚するラストを持っており、ワーグナー自身が反ユダヤ主義思想の持ち主だったことに加えて、後世にナチス・ドイツが国家主義思想の高揚のために、ニュルンベルク党大会に際してこのオペラが上演されるなど、最大限利用された。このため、現在でもこのオペラがそうした思想の産物あるいはそれらを呼び起こすものとして疎んじられる傾向がある。一方、ザックスが讃えた「ドイツ芸術」とは、芸術や文化、風土を愛する宣言であって、政治的な思想ではないとする見解もある。