ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド
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ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (nicotinamide adenine dinucleotide) とは、全ての真核生物あるいは多くの原核生物で用いられる電子伝達体である。さまざまな脱水素酵素の補酵素として機能し、酸化型 (NAD+) および還元型 (NADH) の2つの状態を取り得る。二電子還元を受けるが、中間型は生じない。略号であるNAD+(あるいはNADでも同じ)のほうが論文や口頭でも良く使用されており、この場合は『なっど』と呼称する。還元型のNADHは『などえいち』となる。
かつては、ジホスホピリジンヌクレオチド (DPN)、補酵素I、コエンザイムI、コデヒドロゲナーゼIなどと呼ばれていたが、NAD+に統一されている。別名、ニコチン酸アミドアデニンジヌクレオチドなど。
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[編集] NAD+の構造や諸特性
NAD+はニコチンアミドヌクレオチドおよびアデノシンからなる物質であり、ヌクレオチドの5'がそれぞれリン酸結合によって結合している構造を取る。アデノシンの2'には-OH基が付属しており、これがリン酸基に置換されると、NADP+となる。
酸化還元反応に関与しているのは、ニコチンアミドであり、酸化型および還元型の構造は図の通りである。
ヌクレオチドが基本骨格となるために、DNAの電磁波吸収極大域である波長260nmの電磁波を良く吸収する。また、波長340nmの電磁波をNADHのみが良く吸収し、NAD+ ⇔ NADHの変化は波長340nmあるいは339nmの吸光度の測定によって容易に調べることができる。脱水素酵素活性測定にはこの方法が良く用いられている。
NAD+およびNADHの二電子酸化還元反応については以下の通りである。
NADHのニコチン酸アミドの還元状態では一見、プロトンが1つだけ付加されたように見えるが、ニコチン酸アミドのN+が電子によって還元されるために、結果として2つのプロトンを運搬しているのと同じ状態となる。
酸化還元電位 (Eo') は-0.32Vである。
[編集] NAD+およびNADHの生理学的意義
NAD+は生物の電子伝達には必須成分であり、酸化的リン酸化の中心的な役割を担う。解糖系およびクエン酸回路より糖あるいは脂肪酸の酸化によって還元物質NADHが得られる。還元物質NADHを生産する好気呼吸反応系は以下の通りである。なお、酸化物質および還元物質を太字で表記する。
エムデン-マイヤーホフ経路
- グリセルアルデヒド3リン酸 + NAD+ → 1,3-ジホスホグリセリン酸 + NADH (グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素、EC1.2.1.12)
- ピルビン酸 + SH-CoA + NAD+ → アセチルCoA + NADH + CO2 (ピルビン酸脱水素酵素複合体)
- イソクエン酸 + NAD+ → α-ケトグルタル酸 + NADH + CO2(イソクエン酸脱水素酵素、EC1.1.1.41)
- α-ケトグルタル酸 + NAD+ + SH-CoA → スクシニルCoA + NADH + CO2(α-ケトグルタル酸脱水素酵素、EC1.2.4.2.)
- リンゴ酸 + NAD+ → オキサロ酢酸 + NADH(リンゴ酸脱水素酵素、EC1.1.1.37)
なお、嫌気呼吸時はグリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素の関与する反応系でのみNADHが発生する。NADHの好気呼吸時における酸化経路については以下の通りである。 呼吸鎖複合体I(NADH脱水素酵素複合体)
- NADH → NAD+ + H+ + 2e-(プロトン濃度勾配形成)
嫌気呼吸時の酸化経路は以下の通りである。
- ピルビン酸 + NADH → 乳酸 + NAD+(乳酸脱水素酵素、EC1.1.1.27)
- アセトアルデヒド + NADH → エタノール + NAD+(アルコール脱水素酵素、EC1.1.1.1.)
- ジヒドロキシアセトンリン酸 + NADH → グリセロール3リン酸 + NAD+(グリセロール3リン酸脱水素酵素、EC)
還元的クエン酸回路が作動した場合、上記のクエン酸回路NADH生産反応の逆反応となる。還元的クエン酸回路の作動はNADHの回路への添加によるところが大きく、そのまま炭酸固定反応の駆動力となる。
エネルギー代謝以外にもNADHは多くの機能を持っており、代表的なものでは原核生物DNAリガーゼではATPの代わりにNADHを用いる活性中間体を生じる。
[編集] NAD+の合成系
NAD+はヌクレオチド骨格であるために、ヌクレオチド合成系を基本とするがニコチンアミドの付加については、
の二つの経路が考えられる。ニコチンアミド自体はビタミンB群のナイアシンを原料としている。