シロイルカ
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シロイルカ | ||||||||||||||||||
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シロイルカ |
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分類 | ||||||||||||||||||
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和名 | ||||||||||||||||||
シロイルカ | ||||||||||||||||||
学名 | ||||||||||||||||||
Delphinapterus leucas (Pallas, 1776) |
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英名 | ||||||||||||||||||
Beluga |
シロイルカ(白海豚、Delphinapterus leucas)はクジラ目 ハクジラ亜目 イッカク科 シロイルカ属に属する小型のクジラである。主に北極および北極圏に棲息する。英名 (Beluga) を用いてベルーガと呼ばれることも多い。別の英名としてはWhite Whale(「白いクジラ」の意)があり、日本語でも稀にシロクジラと呼ばれる。
シロイルカ属 (Delphinapterus) はイッカク科に属する生物分類項の一つで、シロイルカ1種のみが属する。属名 Delphinapterus はラテン語で「ひれがない」を意味する apterus に由来する。
目次 |
[編集] 概要
シロイルカは全身ほぼ真っ白なクジラである。これは他の極圏の生物に見られるように、氷の多い海における保護色となっている。成長すると全長は5mに達し、ハクジラとしては小さい部類である。イルカとして見ると大きい。成熟したオスは約1.5tであるのに対し、メスは若干小さく、約1tである。産まれた直後の子供は、約1.5m・約80kgである。
背びれは「ひれ」というよりも若干盛り上がった「突起物」である。これは北極海という氷の多い海を泳ぐことに適応していると考えられている。
シロイルカの頭部の額に突き出しているメロンと呼ばれる脂肪組織は、他のハクジラ類のものよりも丸く柔らかい。多くのハクジラ類と同様、鼻腔の奥を振動させて生じた音波を、レンズのようにメロンを用いて収束させ、個体間のコミュニケーションとエコーロケーションに用いる。高音の笛のような音を発生するため、「海のカナリア」 (Sea Canary) とも呼ばれる。また、シロイルカのメロンは他のハクジラ類と違い特殊であり、メロンの形状を自分の意思で変えることができる。これは北極圏の氷の海に適応するためであろうと考えられている。これを利用し、横浜・八景島シーパラダイスでは、メロンを震わせながら歌う(音を発生する)「おでこぷるぷるシロイルカ」と称するシロイルカを観察することができる。
シロイルカの特徴の一つは、他のクジラやイルカとは異なり、頚椎が互いに不動状態に固定されておらず、そのため頭部を上下左右に振ることが可能なことである。この特性を利用して、水族館ではお辞儀をさせることがある。野生状態では首を動かしながら、口から海底に水を吹き付けて掘り返し、底生動物を捕食していると言われている。効率良く水を吹き付けるように、口は単に開閉するだけでなく、ひょっとこのように突き出すことができる。島根県立しまね海洋館においては、アーリャ(雌)が口をすぼめて口腔内に溜めた空気を噴き出して空気の輪を作る様子を観察することが可能である(しまね海洋館公式サイト参照)。
また他の鯨類には見られない特徴として胸鰭が年齢とともに上方へ反り返ることが上げられる。
オスは8年で、メスは5年でそれぞれ性成熟する。妊娠期間は15ヶ月間であり、生息域によって異なるが、春から夏の間(4月 - 8月)に、通常1頭を出産する。産まれた直後は全身が灰色であり、成長するとともに白くなっていき、オスは9歳、メスは7歳で真っ白になる。産まれた直後の子供が灰色であるのは、出産が行われる海域は河口近くなど水がにごりがちであり、保護色の意味があると言われる。育児期間は約2年である。寿命は約40年と考えられている。
[編集] 分布
シロイルカは北緯50度から80度の北極圏および亜北極圏の海域を回遊する。それとは別の孤立した集団が、カナダ・ケベック州のセントローレンス川河口からサグネ川あたりに棲息する。
春になるとシロイルカは、夏場の生息域であり、出産およびそれに続く子育てのための海域でもある湾、河口、浅い入り江などに移動する。これらの夏場の棲息域は互いに離れているが、母シロイルカは通常は毎年同じ場所に戻ってくる。
秋になり、夏場の生息域が氷に覆われ始めると、シロイルカは冬場の生息域への移動を開始する。多くのシロイルカは冬の間は、浮氷が成長する方向に従って南下していくが、浮氷からはあまり離れない。 一部のシロイルカは浮氷の海域に留まり、氷の隙間(ポリンヤ(Polynya)など)を探して、そこで呼吸する。氷の下に空気が閉じ込められることがあり、そこで呼吸することもあるだろう。シロイルカは、海面の95%以上が浮氷で覆われているような海域でも氷の隙間を探すことができる。非常に興味深い能力ではあるが、まだ詳しくはわかっていない。 シロイルカのもつ反響定位(エコーロケーション)の能力は、氷に覆われた北極圏の海域に適しており、反響定位によって氷の隙間を探しているとも考えられている。
[編集] 行動
シロイルカは非常に社会的な動物であり、通常は同年代の同性で群を成して行動する。オスの場合、数百頭もの群を成すことがある。それに対し、仔連れのメスの群のサイズは少し小さい。 河口に集まる際には、群は数千頭に膨れ上がる。この時にはほとんど全てのシロイルカが集結しており、捕食者に対して最も無防備となる時期でもある。
シロイルカの泳ぎは遅い。 主に魚類を食うが、泳ぎの遅さゆえにイカやタコなどの頭足類、カニやエビなどの甲殻類も捕食する。 餌は主に水深300mまでの範囲で捕るが、少なくとも倍の600m程度までは潜水することができる。
シロイルカはクリック音、キーキー音、口笛のような音、ベルのような音など、様々な音声を発する。ある研究者は、シロイルカの群の出す音を、オーケストラの弦楽器が演奏の前に調音している時の音に喩えている。先にシロイルカは「海のカナリア」と呼ばれることもあると述べたが、これはカナリアのように騒々しいからだと言われることもある。 50種類の明らかに異なる音声が記録されており、多くの音の周波数は100Hzから12kHzの範囲である。
シロイルカの主な捕食者はホッキョクグマである。特に、シロイルカが氷に取り囲まれた状況で、呼吸のために氷の隙間(ポリンヤ)から浮上する際が狙われやすい。ホッキョクグマは上肢でシロイルカを捕まえて、氷の上に引っ張り上げてから食う。 また、シャチにとってもシロイルカは捕食しやすいサイズである。
[編集] 棲息数および人間との関わり
現時点でのシロイルカの全棲息数は、10万頭程度である。他のクジラ目の種と比較すると多いと言えなくはないが、それでも捕鯨が盛んになる以前と比べれば、非常に減少している。 生息域別では、ボフォート海に4万頭、ハドソン湾に2万5千頭、ベーリング海に1万8千頭、カナダの高緯度海域に2万8千頭がいる。セントローレンス川河口付近はわずか千頭程度である。
回遊のパターンが決まっており、かつ頭数も多かったため、シロイルカは北極圏の原住民にとっては昔から捕鯨の対象であった。多くの地域では、持続可能であると考えられている捕鯨の形態が今日まで続けられている。 しかしながら、クック湾、ウンガバ湾(Ungava Bay)、グリーンランドの西の沖などの海域においては、以前行われていた商業捕鯨(現在では禁止)によって生息数は危機的な状況にある。公式には認可されてはいないのだが、これらの地域においても伝統的な捕鯨が続けられているため、生息数が安定的に増加していくとは考え難い。これらの地域においては、持続可能な形態での捕鯨をめざして、イヌイットと政府との間での対話が求められている。 こういった理由によって、シロイルカはIUCNの絶滅危惧種に関するレッドリストにおいて「脆弱」 (VU : Vulnerable) に分類されている。
シロイルカは河口に集まるため、人間による河川汚濁が重大な悪影響を及ぼす。セントローレンス川の汚濁によって、シロイルカの癌が増加しているという報告がある。 この地域に生息するシロイルカは大量の毒物に汚染されているため、この地域ではシロイルカの死骸は有害な廃棄物として扱われている。長期的に見た場合、これらの汚染が生息数にどのように影響するかは明らかにされてはいない。
人間による間接的な擾乱も、シロイルカにとっては脅威となり得る。セントローレンス川やチャーチル川(Churchill River)では、シロイルカウォッチング(ホエールウォッチング)がブームとなって大規模に実施されている。人間の小型船に無関心なシロイルカもいるが、中には船を避けて逃げようとする個体もいることが知られている。
また、シロイルカは、水族館で展示されたクジラとしては最初の種の一つである。1861年、ニューヨークのバーナム博物館(Burnum's Museum)で初めて展示された。シロイルカは今日でも北米、ヨーロッパ、日本などの水族館などで展示飼育が続けられている種の一つである。体の色だけではなく、頭部を上下左右に動かすなどして表情も豊かであるため、非常に人気がある。水族館で展示飼育されているシロイルカの多くは野生の個体を捕獲したものであるが、展示飼育下における繁殖も多くはないが成功している。
[編集] シロイルカの人工繁殖
2004年7月17日、日本では初めてとなるシロイルカの赤ちゃんが名古屋港水族館で産まれた。母親は2001年4月18日にロシア連邦科学アカデミー附属の飼育施設から同水族館へと来た「No.3」、父親は「No.2」[1]である。子供は雄、個体ナンバーはNo.7であり、2005年3月13日に「ベル」という愛称がつけられた。シロイルカの出産は世界中の水族館で報告されているが、生後半年以上成長する例は稀である。名古屋港水族館の大きな業績の一つと言って良いだろう。
[編集] シロイルカを見ることができる施設
[編集] 日本で見られる施設
日本においての初めてのシロイルカの飼育展示は鴨川シーワールドによる。一般公開されたのは1976年9月である。この時、飼育された個体はカナダハドソン湾のチャーチル (Churchill) で同水族館員によって捕獲されたポール(雄)、ローラ(雌)、チッチ(雌)の3頭である。
[編集] アメリカで見られる施設
- ジョージア水族館(Georgia Aquarium、ジョージア州アトランタ)
- 同水族館で展示飼育されている雌のマリーナ (Marina)、ナターシャ (Natasha)、マリス (Maris) の3頭はいずれも2005年11月に同国ニューヨーク州のニューヨーク水族館 (New York Aquarium) から来た個体であり、ニューヨーク水族館でのシロイルカの展示飼育は行われていない。
[編集] カナダで見られる施設
- バンクーバー水族館(Vancouver Aquarium、バンクーバー市)
- 同水族館ではカブナ(Kavna・33歳・雌)、イマク(Imaq・16歳・雄)、オーロラ(Aurora・17歳・雌)、キラ(Qila・10歳・雌・オーロラの子)の4頭が展示飼育されている(なお2005年7月に、当時3歳であったツバク(Tuvaq・3歳・雄・オーロラの子)が急死している)。また同水族館ウェブサイト内のベルーガカム(belugacam)というライブカメラにて、飼育されているシロイルカの観察が可能。現地時間の早朝(日本時間で22時 - )ごろが、最も活発に行動する時間帯のようである。
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
- Reeves, Stewart, Clapham and Powell, National Audubon Guide to Marine Mammals of the World, Random House. ISBN 0375411410.
- Gregory M. O'Corry-Crowe, "Beluga Whale" in Encyclopedia of Marine Mammals, Perrin, Wursig and Thewissen eds., Academic Press, pp. 95-99. ISBN 0125513402.
- T. A. ジェファーソン他 『海の哺乳類-FAO種同定ガイド』 山田格訳、NTT出版、1999年、ISBN 4757160011
- 島根県立しまね海洋館 「幸せの”バブルリング”の動画」 - 島根県立しまね海洋館のアーリャが空気の輪を作る動画。口をすぼめて口腔内に溜めた空気を噴き出す様子が観察できる
- 名古屋港水族館 「生き物情報『ベルーガ』」 - シロイルカの人工繁殖についての説明他
- 鴨川シーワールド 「鴨川シーワールドの歴史」 - 日本初のシロイルカの飼育展示について
- Georgia Aquarium, "Georgia Aquarium Announces Arrival of Three Beluga Whales" (英語) - ニューヨーク水族館から3頭の雌のシロイルカがジョージア水族館に到着したというプレスリリース
[編集] 外部リンク
- Vancouver Aquarium, "Belugacam" (英語) - バンクーバー水族館のシロイルカライブカメラ