コンラート・ローレンツ
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コンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz, 1903年11月7日-1989年2月27日)は、オーストリアの動物行動学者。コンラッド・ローレンツとも表記される。刷り込みの発見者で、近代動物行動学を確立した人物として知られる。
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[編集] 来歴
ウィーン近郊のアルテンベルクに生まれる。当初ウィーン大学医学部で学び医師の資格を得るが、ウィーン大学で動物学を学ぶ。ケーニヒスベルク、ミュンスターの各大学教授を経て、1974年にオーストリアに戻り、オーストリア科学アカデミー動物社会科学研究所の所長になる。
特に、ニシコクマルガラスやハイイロガンの観察研究が有名。自ら様々な動物を飼育し、刷り込み現象の発見は、自らのハイイロガンの雛に母親と間違われた体験に端を発したものである。また、そのガンに関する写真集なども出している。だがその説に対しては、後にあまりにも擬人化しすぎているとの批判が向けられた。
1973年、ニコ・ティンバーゲン、カール・フォン・フリッシュと共にノーベル賞医学生理学賞を受賞した。いずれも動物行動学の同僚研究者である。戦時中ナチスドイツに協力し、ユダヤ人などについて「この世に存在しないほうがよい人種がある」と発言していたことが、ノーベル賞受賞に際して問題となった。
[編集] エピソード
- イカに関して、「イカは人工的な飼育ができない唯一の生物」と発言していたこともあり、1975年に松本元がヤリイカの飼育に成功したことを知ったときは、来日して実際にイカが水槽内で生きている様を一週間見届けるまで信じなかったという。また、その水槽を「全ての水産生物の未来を変える」と評した。
- ハムスターを「神が都会に住む哀れな動物好きの為に作った動物」と絶賛したが、後々には、脱走したときに家具を破壊されないように注意すべしという旨の話を書いている。
- 彼は相当な都会嫌いであったといわれている。
- ローレンツは公私ともに、沢山の動物を飼育していた。家中に動物を放し飼いにしていたと、自著などには書かれている。
- ローレンツの実の長女が小さいときの話。放し飼いのサルに怪我をさせられないよう、幼かった娘を檻に閉じ込めてしまったという。
- 放し飼いの動物によって、かなりの数の家具などを破壊されたという。
- 子供の頃、ミジンコを手製の網で捕まえた経験から、自然の世界に美しさと不思議があることを知った。それが自然科学に興味を持った切欠のひとつだったという。
[編集] ローレンツアクアリウム
バランスドアクアリウムとよばれるアクアリウムの一種であるが。ローレンツが著書『ソロモンの指環』の2章で紹介し、有名になったことから、ローレンツアクアリウムと呼ばれることも多い。これは、特別な水槽を用いて作製するアクアリウムというわけではなく、ありふれたガラス容器で作る例が、文やイラストにて紹介されている。外界との接触が、完全にシャットアウトされた閉じた系のような、完全に独立した生態系を作るわけではない。ポンプやろ過装置を用いず、中で暮らす生物同士のバランスで、水槽内の環境を保つというものだ。つまり、魚が出した二酸化炭素と排泄物を水草が吸収することで、水草は酸素を出し、排泄物を肥料にしながら生育して行くという様な、生態系の模造品を水槽内に作るというものである。
[編集] 邦訳著書
- 『攻撃――悪の自然誌(1・2)』(みすず書房, 1970年)
- 『人イヌにあう』(至誠堂, 1972年)
- 『文明化した人間の八つの大罪』(思索社, 1973年)
- 『鏡の背面――人間的認識の自然誌的考察(上・下)』(思索社, 1974年-1975年)
- 『行動は進化するか』(講談社[講談社現代新書], 1976年)
- 『動物行動学』(思索社, 1977年-1980年/筑摩書房[ちくま学芸文庫], 1997年)
- 『自然界と人間の運命(1・2)』(思索社, 1983年)
- 『人間性の解体』(思索社, 1985年)
- 『ソロモンの指環――動物行動学入門』(早川書房, 1987年)
- 『ハイイロガンの動物行動学』(平凡社, 1996年)
[編集] 共著
- F・クロイツァー 『生命は学習なり――わが学問を語る』(思索社, 1982年)
- カール・R・ポパー 『未来は開かれている――アルテンベルク対談』(思索社, 1986年)
- オスカル・ハインロート 『なぜそんな嘴なのか(上・下)』(筑摩書房[ちくま学芸文庫], 1997年)
[編集] 参考文献
『コンラートローレンツ著 日高敏隆・訳 ソロモンの指環 早川書房 2004年7月31日発行版』