WordStar
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WordStar(ワードスター)は、マイクロプロ社がCP/M用に開発したワープロソフトである。後にMS-DOS向けに移植され、1980年代中盤まで市場を独占した。
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[編集] 歴史
WordStar は MS-DOS以前に時代には最も一般的だったオペレーティングシステム CP/M向けに開発された。 CP/M上では最も機能が豊富で使いやすいワードプロセッサであったため、デファクトスタンダードとなった。 WordStarは最も最後までCP/Mをサポートし続けたワープロソフトでもある(Release 4 が最後の CP/M対応版)。
MS-DOS版はオリジナルに極めて近い。IBM PC には方向キー(カーソルキー)とファンクションキーが追加されているが、CP/M版に慣れたユーザのために従来と同じキー操作は残された。 最初のMS-DOS版は単純な移植であったため、メモリ空間が広がっていたにも関わらずメモリは64Kバイトしか使わなかった。 ユーザはWordStarが使わないメモリをRAMディスクにすることによって劇的に高速化できることを発見し、それを利用した。つまり、フロッピーに入っているファイルをRAMディスクにコピーして使用したのである。 WordStarは当時としては大型の実行プログラムであり、オーバーレイ方式をとっていたため頻繁にディスクにアクセスしたが、RAMディスクにすることによってこれが高速化されたのである。 もっとも、最終的に編集したファイルはRAMディスクからフロッピーディスクに保存する必要があった。
1980年代中頃、WordStarは世界で最も一般的なワープロソフトであった。 一方、IBMはワープロ専用機DisplayWriterで市場を独占していた。 当時、ワープロ専用機は多数存在したが、IBMの最大のライバルはワング・ラボラトリ社であった。 それらのマシンは大型のコンピュータ(汎用コンピュータやミニコンピュータ)に接続して使用された(訳注:正確にはそれらのコンピュータ上で動くワープロソフトに専用端末を接続して使用していた)。
IBMがそれをPCに移植した DisplayWrite を発表したのを受けて、マイクロプロ社はその機能をコピーした WordStar 2000 を開発することに注力した。この製品は従来のWordStarの操作体系を一新していたため、旧製品を使いなれたユーザーには不評であった。さらに、そのころワープロソフト市場では強力な別のライバル WordPerfect が出てきて市場シェアを逆転されてしまった。 WordPerfectはメニューに使用する画面領域が小さく、全体として見やすい画面構成だった。 加えてWordPerfectはワング社のワープロのキー操作を再現していて、企業の秘書などが乗り換えるには最適だった。
マイクロプロ社はワードスター社へと再構築され、WordStar 2000 のごたごたで会社を辞めていったプログラマを再雇用した。 従来と上位互換性のあるWordStar はその後 4.5、5.0、5.5、6.0 と順調にリリースを重ね、失ったシェアを取り戻しつつあった。 Microsoft Word ユーザをターゲットとした 6.5 と WordPerfect ユーザをターゲットとした 7.0 のどちらを開発するかで社内抗争があり、結局 6.5 の開発は中止され、7.0 が予定を早めてリリースされた。
他のMS-DOSアプリケーション開発企業と同じように、ワードスター社もWindows 3.0への対応を決断するのが遅れてしまった。 そこで、ワードスター社は Legacy という Windows向けワープロソフトを他から買い取って1991年に WordStar for Windows としてリリースした。 この製品はよく練られていて、もっと高価なDTPソフトにしかないような機能を持っていた。 しかし、2年の遅れは致命的であり、市場はすでにMicrosoft Wordが独占していた。
[編集] インターフェイス
WordStar は書き物用プログラムの良い例と考えられている。 テキストのみの画面を使ったテキスト作成のためのソフトであり、WYSIWYGのようなフォーマット(書式)は考慮しなくてよいからである。 活字の組版やレイアウトは二の次、三の次であり、文章を書いた後は、編集して校正してといったことに集中できた。後のワープロソフトのようにフォーマットに悩まされることはなかった。
WordStarを最初に開発する際に使われたマシンには独立したファンクションキーもカーソル制御キー(方向キーとページUp/Down)もなかった。 そのため WordStarはアルファベットキーの組み合わせにコントロールキーを加えて様々な操作を実現していた。 加えて、タッチタイプの得意な人にとってはファンクションキーや方向キーを押すことはホームポジションから指を離すことを意味し、タイピングのリズムが崩れてしまう。
例えば、ダイヤモンドカーソルと呼ばれるCtrl-S/E/D/X の十字によってカーソルを上下左右にひとつずつ動かす。 Ctrl-A/F(十字の外側の位置)は単語ひとつ分左右に動かし、Ctrl-R/C は一画面分上下にスクロールさせる。
当時のユーザは習うより慣れるといった感じでキー操作を手で覚えた。 WordStarのキーボードコマンドのエミュレータは2003年のMicrosoft Word用にも存在している。 コントロールキーが "A" の左から遠い左下の端に移されたため、これをWordStar的な直感的インターフェイスを妨害するものと感じるユーザもいて、彼らはソフト的にそれらのキーを入れ替えて使ったりしている。また、別のユーザはスペースバーの左右にコントロールキーを配置して親指を使うことでタッチタイプを快適にしようとする。
WordStar はテキスト入力中に自動的に行末を整えることができなかったため、後からコマンドをつかって編集しなければならなかった。 ただし、そのコマンドは文書全体を一括してフォーマットする強力なものであった。 WordStarのインターフェイスは大きな遺産である。多くのテキストエディタで WordStar のコントロールキーを使ったキーボードコマンドがエミュレートされている。
[編集] カスタマイズ
WordStarの生まれた時代には、ビデオディスプレイ機能を内蔵したパーソナルコンピュータはまだ少なく、ビデオ表示端末(VDT)をシリアル接続して操作するものが多かった。このVDTはメーカーにより様々な仕様が乱立していたため、マイクロプロ社は一般的なVDTの多くに対応できるように設計されており、仕様開始時に手持ちのVDTに合わせてカスタマイズ作業を行ってから使用することになっていた。特に内蔵ビデオ表示が可能な機種については直接VRAMに書きこむことで画面を高速に更新する機能も持ち、IBM-PC互換機でもANSI.SYSディスプレイドライバに対応したエスケープシーケンスで制御する方法と、直接ディスプレイアダプタ(ビデオカード)を制御する方法が選べた。
プリンターについても、高品質なデイジーホイール方式から安価なドットマトリクス・インパクト方式に至る多種多様なメーカー・機種に対応し、これも必要に応じてカスタマイズすることができた。
[編集] 機能
MailMerge は大量の手紙をまとめて印刷できるアドオンプログラムである。 名前、住所、郵便番号などのデータが文書とは別のデータファイルにまとめられ、WordStar本体で作成したビジネスレターなどにそれらを埋め込むフィールドを書いておくと、 同じ文面であて先を変えた手紙を簡単に印刷できる。 また、あて先によって文面を変えることも可能である。
SpellStar はスペルチェックを行うアドオンプログラムである。 後のバージョンではWordStar本体に組み込まれた。 DataStar はMailMerge用のデータファイルを編集するアドオンプログラムである。 これらの機能は1980年代中盤までのユーザにとっては極めて革新的なことであった。
WordStar はファイルを文書かそうでないかで区別した。このことは混乱を生むことになる。 WordStarの文書ファイルは特殊なワープロとしてのデータやコマンドが埋め込まれている。 文書でないファイル(nondocument)は通常のテキストファイルでありコマンドなどは埋め込まれていない。 Nondocument Mode で WordStar を使用すると、普通のテキストエディタのように使うことができる。これは当時の汎用コンピュータのエディタよりも強力だった。
[編集] その他
WordStar から書式設定機能・印刷機能を外し、操作を単純化したうえで、CP/M のコマンドラインエディタ ED.COM の拡張版コマンドモードを設けたテキストエディタが WordMaster である。これも広く普及し、MS-DOS/PC-DOS版も発売された。その後発売されたMS-DOS版のテキストエディタは WordStar あるいは WordMaster と互換性のある操作体系を備えるものが相当数ある。Turbo Pascal を始めとするボーランド製の開発ツールのエディタは皆 WordStar 互換であり、日本製の MIFES は WordMaster 互換の操作を提供していた。DOS版の一太郎や松でも Ctrl-E/S/D/X によるカーソル移動が可能であった。