死靈
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『死靈』(しれい)は、日本の文学者、埴谷雄高の代表作とされる思弁的長編小説である。
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[編集] 概要
全十五章を構想し、戦後の約半世紀を費やして執筆されたが、第九章まで書き進められたところで未完のまま終わっている。当初の構想では、釈迦と大雄(ヴァルダマーナ)の議論までが書かれるはずであった。
『死靈』は、「近代文学」誌上に1946年1月号から49年11月号にかけて第四章までが連載され、ここで筆者が腸結核を病んだ事情もあって中絶した。その後、長いブランクを経て1975年に「群像」で第五章が発表され、以後は「群像」上で続編が掲載されることになる。1976年、日本文学大賞を受賞。単行本は、講談社から順次刊行され、1998年から刊行されている『埴谷雄高全集』の中では、第三巻に『死靈』全編が収められている。
なお、埴谷雄高は生前、自らの作品を決して文庫に入れようとはしなかったが、死後、2003年になって講談社文芸文庫から刊行された。
1995年1月9日~1月13日に渡り、NHKが、ETV8特集『埴谷雄高・独白「死霊」の世界』を放送した。またその放送分が書籍化され、NHK出版から出版されている。
[編集] 内容
本作は、ドストエフスキーの作品に多大な影響を受けている。共産主義思想の活動家たちの地下活動とその中で交される議論を主たる題材とした小説であるが、その議論の中では、「無限大」、「存在」、「宇宙」、「虚體」、「自同律の不快」―等々、深遠かつ壮大な形而上学的思索が繰り広げられ、極めて難解な思弁的物語となっている。
昭和10年代の東京市と思われる街を舞台とするこの小説に於いて、議論の中心となるのは、「虚體」の思想を持ち「自同律」に懐疑を抱く主人公・三輪與志、結核に伏す元党地下活動家の三輪高志、「首ったけ」こと自称革命家の首猛夫、「黙狂」と呼ばれる思索者・矢場徹吾ら4人の異母兄弟である。そこに與志の婚約者の津田安壽子、與志と徹吾の高等学校時代の親友の黒川建吉、安壽子の父で元警視総監の津田康造とその妻、高志の恋人でありながら高志の同志と心中した姉を持つ尾木恒子、「神様」と呼ばれる少女とその姉「ねんね」、印刷工場主で革命運動にも関わる李奉洋、徹吾が入院する精神病院の医師の岸杉夫……こうした群像が存在の秘密や宇宙や無限をめぐって異様な観念的議論をたたかわせる。数十ページにもわたる独白を中心とした饒舌な文体の中に、釈迦・イエス・キリストへの弾劾、永久運動の時計台、「愁いの王」の悲劇なども挿入され、一種神秘的超常的な雰囲気さえただよう。
その一方で、議論の合間に「あっは」「ぷふい」と間投詞を差し挟む猛夫のユーモラスな口癖や、ボートに乗った一行が肥満した安壽子の母の体重によりひっくり返るなどといったスラップスティックス的な側面もある。なお、「あっは」「ぷふい」はともにドイツ語で、Achは驚きをあらわす言葉で英語のOhにあたり、Pfuiは「ちぇっ!」のように不快、嫌悪をあらわす。
『死靈』の四兄弟は、それぞれスウィンバーンの詩にあらわれるsad,bad,glad,madに対応している。(原文はVillon,our sad bad glad mad brother's name!)
[編集] 『死靈』の各章
- 第一章 癲狂院にて
- 第二章 《死の理論》
- 第三章 屋根裏部屋
- 第四章 霧のなかで
- 第五章 夢魔の世界
- 第六章 《愁いの王》
- 第七章 《最後の審判》
- 第八章 《月光のなかで》
- 第九章 《虚體》論―大宇宙の夢
※第四章は、単行本初版(眞善美社版)と現行の講談社版とで異同がある。これは第五章発表後の単行本化(全五章を収めた一巻本)の際に改稿されたため。