姥神大神宮
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姥神大神宮 | |
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所在地 | 北海道檜山郡江差町姥神町 |
位置 | -- |
主祭神 | 天照皇大御神 天児屋根神 住吉大神 |
社格等 | 県社 |
創建 | 建保4年(1447年) |
本殿の様式 | -- |
例祭 | 8月5日 |
主な神事 | -- |
姥神大神宮(うばがみだいじんぐう)は、北海道檜山郡江差町にある神社である。旧社格は県社。社伝では鎌倉時代の創建と伝える、北海道最古の神社である。渡島国の一宮と称される。
[編集] 祭神
[編集] 歴史
社伝によれば、建保4年(1447年)、海辺の津花町に創建されたと伝える。「折居様」と呼ばれる老姥が津花に庵を結んでいたが、ある夜、神島(かむいしり)から光が発せられているのを見て島に渡り、そこで老翁に会った。老翁から瓶子を授けられ、「その中の水を海に撒くと鰊という魚の群れがやって来る」と教えられた。老姥はこのことを村人に伝え、網を作らせ水を撒いて大漁となり、飢を救った。その後、老姥は姿を消したが、庵に残されていた神像を「姥神」として祀ったのが当社の始まりという。現在境内にある折居社は、後に姥神を祀ったものであるという。
正保元年(1644年)に現在地に遷座した。当地を治めた松前藩主松前氏からも崇敬を受け、9代藩主の道広は「降福孔夷」(福を降ろすことは孔だ夷なり)の扁額を奉納した。北海道にロシア船が往来するようになった幕末の寛政11年(1799年)、幕府の命で蝦夷地を巡視していた最上徳内は、この扁額の「孔夷」を「紅夷」(ロシア人のこと)と読み誤り、その報告を受けた幕府の役人によって扁額は取り上げられ、ロシア人と密通していたのではないかとの疑いをかけられて松前藩は取り潰しの危機となった。後の調査で、崩し文字のため「孔」が「紅」に見えてしまったということが判明し、藩の取り潰しは回避されたが、道広は扁額を現在の「降民殿」に取り替えた。文化14年、朝廷から正一位の神階が授けられた。
[編集] 外部リンク
- 姥神大神宮(江差観光コンベンション協会)
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