グレゴリー・マンキュー
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N・グレゴリー・マンキュー(N.Gregory Mankiw, 1958年 - )はウクライナ系米国人経済学者。ハーバード大学経済学部教授。
1980年、プリンストン大学を卒業。1984年、マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学博士号を取得。20代の若き秀才として注目され、1987年、ハーバード大学教授に29歳の若さで就任。さらにジョージ・W・ブッシュ大統領の減税政策に早くから支持を表明し、グレン・ハバード(現コロンビア大学教授)の後任として、2003年、米国大統領経済諮問委員会(CEA)委員長に就任。
現在、ハーバード大学経済学部教授。専攻分野はマクロ経済学で、消費者行動、金融市場、財政・金融政策、経済成長などの多岐にわたるテーマを研究し、その論文は米国主要ジャーナルに掲載されている。マンキューの論文は数多くのマクロ経済学のテキスト、または論文などに引用され、その名は広く知られている。特に、価格硬直性というマクロ経済学の問題を「メニュー・コスト」という概念で分析したことは有名である。
マンキューが一般に広く知られるきっかけとなったのは、「教科書」であるといえる。1992年、主に経済学部の学部生向けに「マクロ経済学」(原題:Macroeconomics)を出版し、マクロ経済学のテキストとして全米でベストセラーとなった。今や、世界各国における何十の国々の何百の大学のマクロ経済学の授業で用いられるようになった。
さらに、1998年、経済学を志すすべてに人向けに「経済原論」(原題:Principle of Economics)を執筆し、これも瞬く間に経済学テキストとして、日本を含め世界中でベストセラーとしての地位を築いた。ちなみに、この「経済原論」の原稿料で彼は家を購入した。
また、一般大衆向けのコラムを多く書き、注目を集めている。マクロ経済に限らず時事問題に関する自らの論考を米国経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル紙、米雑誌フォーチューン紙などに寄稿している。最近はハーバード大学経済学部の新入生に向けてブログを作成し、さらに砕けたタッチで、幅広いテーマを取り扱ったエッセーを披露している。
[編集] わかりやすいプラグマチスト
これまでのマクロ経済学は2派に分かれていた。1つは「古典派」で、もう1つは「ケインズ派」という経済観である。
「古典派」とは、経済はモノの値段が正しくつけられている限り、不況は起こらないとする経済観である。経済学的に言えば、市場は常に需要と供給が均衡し、価格付けが正しく行われ、清算される、とする見方である。
反対に「ケインズ派」とは、経済はモノの値段が正しくつけられないこともあり、不況は起こりうるとする経済観である。つまり、市場は常に価格が正しく動くとは限らず、需要と供給が均衡しないこともある、という見方である。
ケインズ派の見方が米国の経済政策に強く影響していた1960年代当時では「古典派」の見方に疑問符が付された。反対に、1970年代において高いインフレ率と失業率(スタグフレーション)がケインズ政策の誤りとして目され、「古典派」の見方が強くなった。このような歴史的背景をあたかも「振り子の原理」のように例える向きもあるが、マクロ経済学の歴史において常に「古典派」と「ケインズ派」のどちらが正しいのかが論じられてきた。実際、これまでのマクロ経済学の教科書では、経済観を「古典派」と「ケインズ派」の2つに分けてそれぞれの理論を解説するというスタイルがとられていた。
ここで、マンキューの大きな貢献のひとつは、この相反する2つの経済観をひとつに結び付けたことであるといえる。自著である「マクロ経済学」において、マンキューはそのような学派区分を避け、「長期分析」と「短期分析」という期間区分でマクロ経済を捉えることを提案したのである。
つまり、「長期分析」とは、経済成長などの5年か10年以上先の長期的な経済トレンドを分析することであり、この場合「古典派」の見方が通用し、一方半年から1、2年の景気循環、短期的な経済パフォーマンスを論じるであるのなら「短期分析」、つまり「ケインズ派」の見方が通用する、とマンキューはいうのである。
このように、経済を短期分析から長期分析へと、これまでの「古典派」と「ケインズ派」という2つの学派の見解を1つの時間軸上においてまとめたのはマンキューが初めてである。これまでの「古典派」と「ケインズ派」という2区分であると、マクロ経済学において全く相反する考え方が共存しているように見えたが、時間軸上において「短期」と「長期」という2区分に分けてマクロ経済を分析するというと収まりがいいように考えられる。
多少乱暴にまとめると、マクロ経済を見る上で、短期的には消費・投資支出などの「需要」が問題になり、長期的には生産、つまり「供給」が問題になるということである。マンキュー自身も言っていることであるが、現実の経済問題に、このような2分法がよく当てはまると言う。実際、すでに日本の多くの大学では、マクロ経済を短期、長期分析という形式で見ていくことが採用されている。一般的には、短期的には「ケインズ=ヒックス・モデル(IS-LM分析)」が使われ総需要の分析が試みられ、長期的には「ソロー・スワンモデル」が経済成長のメカニズムを明らかにするように使われる。
長期的には市場の価格メカニズムが有効に機能し、外的ショックに対して速やかに価格が調整するので、結果として市場は清算される。つまり、市場の需要と供給は一致する。が、短期的には市場の価格は外部からのショックに対して速やかに調整することがなく、市場は清算されない。ゆえに失業、つまり労働の超過供給が発生する。マンキューは市場の価格が短期的に速やかに調整しない、硬直的である原因を「メニュー・コスト」と言う概念を用いて説明して見せた。つまり、市場の価格が外的ショックによって変更が必要になるとき、価格改定のために時間と労力が使われることになる。これが「メニュー・コスト」であるというのである。
不況は、総需要の不足、市場の不均衡であり、単に政府が拡張的な財政・金融政策を行い、家計の個人消費や企業の設備投資などの総需要を引き上げれば解消するという古典的なケインジアンの発想とは違い、不況の分析において、市場の機能、役割に高い評価を与える点で、マンキューはこれまでのケインジアンとは一線を記す。マンキューが「ニュー・ケインジアン」と言われている所以である。
また、マンキューはジャーナルに投稿されている論文もさることながら、なによりも「わかりやすい」論筆が高く評価されている。自著の教科書である「マクロ経済学」、「経済原論」の英語は、日本人にも読みやすいタッチで書かれていて、スラスラ読めることで推奨されている。複雑な経済問題をわかりやすい例えを時折用いながら、簡潔かつ明瞭に論じる姿勢は、マンキュー経済学を大きく形作っていると言える。
[編集] 参考文献
N・グレゴリー・マンキュー(1996)『マクロ経済学Ⅰ、Ⅱ』東洋経済新報社
齊藤誠(1996)『新しいマクロ経済学』有斐閣