カドモス
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カドモスはギリシア神話に登場する人物。アゲノルとテレパッサ(アルギオペとも)の子。テーバイの創建者。フェニキア文字の配列を変更し、ボイオティアに伝えたという。
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[編集] 神話
[編集] エウロペの捜索
カドモスの姉妹であるエウロペをゼウスがさらったとき、アゲノルは息子たちを捜索のために発たせ、エウロペを見つけるまで帰ってくることを禁じた。このときカドモスは母テレパッサとともに船出してロドス島、テラ島と経由してトラキアに到着した。この地でテレパッサが死んだため、カドモスはデルポイまで赴いて今後の方針について神託を伺った。神託のお告げは「エウロペを探すことはあきらめ、一頭の雌牛のあとをついてゆき、その牛が倒れたところに都を立てよ」というものだった。
[編集] 泉の大蛇退治
デルポイからポーキスに通じる街道で牛飼いたちに出会ったので、カドモスは左右の脇腹に白い満月の印のある雌牛を彼らから買い取り、一度も休ませずに追い立て、そのあとをついていった。雌牛はやがて疲れ果てて倒れたので、カドモスはその地にアテナの像を建て、牛を生贄にするために配下の者を近くの泉に水汲みに行かせた。しかし、その泉はアレスのもので、泉の番をしていた大蛇にカドモスの部下たちは殺されてしまった。怒ったカドモスは岩で大蛇の頭を打って殺した。生贄を捧げると、アテナが姿を現してカドモスの行為を誉め、大蛇の牙を地中に播くよう告げた。カドモスがいわれたとおりにすると、地中から武装した男たちが飛び出してきた。カドモスが彼らの真ん中に岩を投げつけると、男たちはてんでに殺し合いを始めた。最後まで生き残った5人がカドモスに忠誠を誓い、彼らはスパルトイ、すなわち「播かれた者たち」と呼ばれた。アレスが大蛇を殺した罪の償いを求めたので、カドモスは8年の間、アレスの奴隷として過ごすことになった。
[編集] ハルモニアとの結婚
そののち、カドモスはアテナに改めてボイオティアの土地を与えられ、この地を自分の名前にちなんでカドメイアと名付けた。のちのテーバイである。この地でカドモスは、アレスとアプロディテの娘ハルモニアと結婚式を挙げた。カドモスとハルモニアの結婚式は、オリンポスの神々が列席した最初のものといわれる。
このとき、アプロディテは、ハルモニアに黄金の首飾りを贈った。アテナは黄金の上衣と一組の笛を贈った。ヘルメスは竪琴を贈った。アプロディテの首飾りはヘパイストスが作ったもので、もともとゼウスがエウロペに贈ったものだが、これを身につける者は、見る者が悩ましくなるほどの美しさが得られたという。アテナの上衣もまた、身につける者に神々しい気品を与えたという。これらの贈り物は、後の「テーバイ攻めの七将」の伝説につながる。カドモスとハルモニアの子には、アウトノエ、イノ、セメレ、アガウエ、ポリュドロスがある。
[編集] 晩年
老年になったカドモスは、アレスの怒りがまだ完全に解けていないことを知り、テーバイの王位を退いて、ハルモニアとともにエンケレイス人の国へ向かった。エンケレイスの国は、イリュリア人によって攻められており、ディオニュソスの神託に従い、カドモスとハルモニアが指導者に選ばれた。一方、テーバイ王には、二人の娘アガウエとスパルトイの一人エキオンの息子であるペンテウスが継いだ。しかし、ペンテウスは、ディオニュソスによって狂気にされた母親のアガウエに殺されてしまう。アガウエは、イリュリア王リュコテルセスのもとに逃れ、彼女の両親が敵方エンケレイス人を率いていることを知ったアガウエは今度はリュコテルセスを殺し、イリュリアの国を献上したという。
カドモスとハルモニアは、最後には青い斑点のある黒蛇になり、ゼウスによって至福の島に送られたという。別の説では、アレスが二人をライオンの姿に変えたのだともいう。二人の晩年の息子、イリュリオスがイリュリアの王となった。