アリ・バタネン
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アリ・バタネン(Ari Vatanen,1952年4月27日-)は、フィンランド・トゥーポヴァーラ出身のドライバー。
すべての主要ラリーに参加し、数多くの優勝を飾ってきたことから、アリ・バタネンはモータースポーツ界で国際的に最も敬意が払われている人物の一人である。
パリ・ダカール・ラリーで4回優勝し、「砂漠のライオン」の異名を持つ。
[編集] 経歴
1976年にフォードでデビューし、1980年の世界ラリー選手権(WRC)アクロポリスラリーで初勝利を手にした。1981年のWRCで世界チャンピオンとなった。
しかし、1985年にプジョー・タルボ・スポールでアルゼンチン大会に参加した際に重症を負い、医師が「予断を許さない状況」と言ったほどだが、2年後に復活。
復帰後、プジョーに再加入し、そこでラリーレイドに転向。これは、バタネンにとって新しいキャリアのスタートとなった。
叙事詩的イベントであるダカールラリーで4度の優勝を飾ったほか、その他のラリーレイドでも活躍。その後、短期間ではあったがスバルで世界ラリー選手権(WRC)に出場して大きな成功を納めた後、シトロエンからラリーレイドに復帰。1997年、FIAクロスカントリーラリー・ワールドカップでチャンピオンに上り詰めた。
バタネンは、1999年以降、欧州議会のフィンランド代表議員を勤めている。
2004年のダカールでは通算ステージウィン50勝目をマークし、ヒストリーブックにその近い将来破られることのない記録を載せることとなった。
[編集] 外部リンク
- Ari Vatanen's Web Site(英語、フランス語、フィンランド語、スウェーデン語)