PC-100
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PC-100とは、コンピュータ・通信機器メーカー日本電気(NEC)が1983年に国内向けに発売したパーソナルコンピュータ、およびその商品名である。
型式はPC-10000。
- model 10 (PC-10010 FDD1基 モノクロ 定価398,000円)
- model 20 (PC-10020 FDD2基 モノクロ 定価448,000円)
- model 30 (PC-10030 FDD2基 カラー 定価558,000円)
の、3段階のグレードが存在した。
メモリ規格のPC100とは、まったく関係ない。
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[編集] 概要
PC-100は、日本電気(NEC)が1983年に発売したパーソナルコンピュータである。
CPUに7MHz駆動のIntel 8086、128KBのRAMと、360KBの5インチ2Dのフロッピーディスクドライブを搭載していた。
グラフィックは720×512ドットの解像度を持ち、専用モニターは縦置き・横置きのどちらでも使用できた点が特徴である。model 10と20はモノクロ表示、model 30では512色中16色の表示が可能であった。
またマウスを標準装備し、ビジュアル指向を意識したVSHELLによるグラフィカルユーザインターフェースを実現していた。
設計には京セラが参画しており、OSは当時アスキーが国内代理店を務めていたMicrosoftのMS-DOS(Ver. 2.01)を採用、また主要アプリケーションはジャストシステムが開発した。
同じく京セラが設計したPC-8801mkIIシリーズと、採用したFDDやキーボード、筐体デザイン等に類似が多く見られる点も特徴である。
[編集] PC-100の先進性
PC-100は、CPUに当時のPC-9801と同じIntelの8086を採用しており、BASIC全盛の世にあってもROM-BASICを搭載せず、当初よりMS-DOSの利用を前提としたアーキテクチャであった。
ソフトウェアには、後の一太郎およびATOKに連なる日本語ワードプロセッサ JS-WORD およびFEPの他、表計算ソフト Multiplan (Microsoft Excelの前身)やロードランナー(ゲーム)などが添付され、ワードプロセッサと表計算によるオフィススイート環境の実現、デバイスドライバによるFEPの組み込み等、MS-DOS環境における日本語処理環境の実装の基礎となる概念や技術を実装したルーツ的存在とも言え、当時の水準ではそのソフトウェア・ハードウェアともに先進的な製品であった。
PC-100に添付されたグラフィカルシェル環境VSHELLは、MS-DOS上にグラフィカルなシェルを実装するアプローチとして、のちにPC-9801のMS-DOS環境において幾つかのメニューソフトを派生させたルーツとも言われる。 また、MS-DOS 5.0において実装されたDOS SHELLに影響を与えたとも言われている。
[編集] PC-100の境遇
数々の先進的な機能を装備する一方、PC-100のおかれた境遇は、決して恵まれていたとは言えなかった。
当時はNEC社内においても、パーソナルコンピュータ市場で発展してきたPC-9800シリーズと、PC-9801シリーズのハードウェア・アーキテクチャのルーツでありオフコン市場で存在感を持っていたN5200シリーズが互いに主導権を争っていた状況であり、PC-100は社外開発という事情から社内で重視されることもなく、また先進的な機能を盛り込んだがゆえにその価格がネックとなり(model 30と専用カラーモニタ、プリンタのセットでは、実に100万円近い価格であった)、営業面でも熱心に販売されることはなく、普及にも繋がらなかった。
その後、市場はPC-100の後を追うようにアプリケーションのプラットフォームをBASICからMS-DOSへと急速に移行し、1980年代後半には、NECが社運をかけて売り込んだPC-9800シリーズの全盛時代となって行く。
このような経緯から、PC-100は商業的には失敗作とされ、マニアの間で不遇の名機として語られるところとなった。XEROXのStarワークステーションによって提示されたGUIを指向しながらその高価格ゆえに失敗した、同じ1983年に登場したアップル・コンピュータのLisa(Macintoshの前身)とも、その高視野なコンセプトに相反する結果を辿ったことで通ずる点も興味深いところである。
[編集] その後のPC-100
一般のパソコン市場ではPC-9800シリーズ全盛となった1980年代後半、姿を消したPC-100は、秋葉原などの中古・ジャンク市場に安価に出回り、主にマニアの間で細々と取引されていた。
マニアたちは、PC-9801用のMS-DOS(2.11や3.10等)をPC-100で動作させるためのパッチなどを作成し、CPUの8086をピン互換のV30に換装して高速化、FDDを5インチ2DDに乗せ替える等した上で、PC-9801用のバンクメモリカードを用いてメモリをフル増設し、さらにSASIやSCSIなどのインターフェイスを増設してハードディスクドライブまで接続し、もっぱらMS-DOS互換環境として扱っていた。
これには、PC-100はその成立にまつわる事情から、ハードウェア的にPC-9801およびPC-8801シリーズのいずれかと重複する仕様(流用した仕様)が多かったため、心得たマニアにはこれらの増設パーツや補修部品の調達も容易いといった事情があった。
アプリケーションについても、市販アプリケーションこそ供給されなかったものの、MS-DOSジェネリックなソフトウェアは当時の市場やパソコン通信などの世界にありふれており、また特にフリーソフトやPDSの一部にはPC-100対応版やPC-100対応モード等が専用に用意されるものや、未対応の一部のアプリケーションについてもPC-9801用のバイナリにパッチを当てて流用する手段が提供されるなど、PC-100をMS-DOS互換環境として扱う限り大きく不足を感じる要素は無かった、といった事情も存在した。
またこれらの準備や手間を圧してもマニアを惹きつけるだけの魅力が、PC-100には存在したと言えるだろう。
もっとも、同時期に彼らからは「大多数」として興味の対象から外れていたPC-9800シリーズは、現在、同じ立場にある。
[編集] 仕様
- CPU Intel 8086 7MHz
- メモリ RAM 128KB VRAM 128KB
- FDD 5インチ2D 360KB※
※フロッピーディスクドライブは、PC-8801mkII以降に用いられていたものと同一の5インチ2Dドライブ(TEACのFD55)であるが、MS-DOSのFAT12フォーマットを用いたため、フォーマット後の容量は360KBとなった。
[編集] 関連項目
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