高徳藩
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高徳藩(たかとくはん)は、下野国(現在の栃木県日光市)に存在した藩。
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[編集] 藩史
慶応2年(1866年)3月、戸田忠至は本家である宇都宮藩から1万石を分与されたため、大名として諸侯に列し、高徳藩を立藩した。忠至は水戸藩天狗党の乱で改易の危機に立たされた宇都宮藩を救い、山陵奉行として功績を挙げたことから、大名となったのである。忠至は明治維新後、新政府に招かれて山陵修補奉行や京都裁判所副総督、宮内大丞、参与会計事務局判事などを歴任したため、家督を戸田忠綱に譲った。忠綱は明治3年(1870年)に下総国曽我野に移ったため、以後は曽我野藩となった。
[編集] 歴代藩主
[編集] 戸田(とだ)家
譜代。1万石。
- 戸田忠至(ただゆき)
- 戸田忠綱(ただつな)
[編集] 関連項目
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