馬乳酒
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
馬乳酒(ばにゅうしゅ)とは、馬乳を原料として主にモンゴルで作られ、飲まれているアルコールを含む乳製品である。モンゴル語ではアイラグ、内蒙古ではツェゲー、テュルク系の言語では馬乳酒も含めた乳酒を総称してクミスと呼ぶ。ラクダの乳から作られる同様のものにインゲニアイラグというものもあり、これと区別する為に馬乳で作ったものを特にグーニイアイラグと呼ぶこともある。但しこれらの呼び分けは地域によって微妙に異なり、絶対的なものではない。
馬乳に含まれる乳糖が酵母によって醗酵することでアルコールが生じ、また同時に乳酸菌による乳糖の乳酸醗酵も進行するため、強い酸味を有する。
目次 |
[編集] 概要
起源は定かでないが、中央アジアで人が家畜化した馬と暮らし始めた頃には自然発生的に作られていたものと見られ、マルコ・ポーロの記録やチンギス・ハーンの伝説に既に登場する。
モンゴルでは人間は「赤い食べ物」と「白い食べ物」で生きているという考えがあり、赤が肉、白が乳製品を指す。肉食中心の遊牧民の生活において、貴重な野菜の替りにビタミンやミネラルを補うものとして大量に飲まれている。酒とはいうものの、アルコール分は1~3%程度であり、赤ん坊から年寄りまで飲用する。酒というよりは限りなくヨーグルトに近いものであり、これだけで食事替りにしてしまうほどの夏のモンゴルの主食的存在である。大体一日に0.5~1.5リットル位を摂っているという報告が殆どだが、中には一人一日平均4リットルを飲んでいるという驚くべき調査結果もある。モンゴルでは丼のような入れ物にいれて飲む。
見た目は乳白色で、乳酸発酵によって作られるため、かなり酸味の強い(ph3.5程度)飲み物である。また、慣れない人にとっては乳臭さを強く感じるという。しかしこれを原型として日本の乳製品であるカルピスが開発されたという説があるくらいで、爽やかな夏の飲み物と捉える向きもある。
[編集] 作り方
作られる期間は馬が出産を終えた初夏から9月頃までの、搾乳可能な二ヶ月程だけである。その他の季節では馬乳が取れない他、常温発酵させるための温度に達しない。
馬から一度に搾乳できるのは200ミリリットル程度である。馬の搾乳は容易ではないが、子馬にまず吸わせて親馬を安心させることで乳汁分泌を引き起こさせ、途中から人間が横取りする。一日6~7回に分けて採取した馬乳に、前日残しておいた馬乳酒をスターターとして加え、ひたすら攪拌する。数千回、時には1万回もかきまぜ、一晩置くと出来上がる。2・3日この作業を繰り返すとより美味しいものが出来る。この時の容器は牛の皮や胃で出来たフフルという袋が良いとされるが、昨今ではポリ容器などで作る家庭も多く、醗酵に与る菌種の交代を招く可能性が指摘されている。また、牛乳を促成発酵させた市販のスターターを使うことも増えている。モンゴルの主婦は短い夏の間、睡眠時間を削ってでもこの作業に追われるという。
シーズンの終わりには残りをフェルトに染み込ませ、翌年の種菌として保存する。
[編集] 効能
医療情報に関する注意:ご自身の健康問題に関しては、専門の医療機関に相談してください。免責事項もお読みください。 |
馬乳酒には結核やウイルス性肺炎といった呼吸器系、また胃炎、胃潰瘍、腸炎といった消化器系、さらには糖尿病や高血圧といった生活習慣病に対して効果があるとされ、モンゴルでは各地に馬乳酒を用いた伝統治療院がある。美容の為、また虫刺されなどに塗布して外用することもある。
北京農業大学の研究では、馬乳酒には12種類の人体必須微量元素、18種類のアミノ酸、数種類のビタミン群が含まれていた。国立民俗学博物館の小長谷助教授の実験では、被験者に一週間馬乳酒を飲ませ続けた結果、血中総コレステロールは平均10%、中性脂肪は平均20%下がったという。馬乳に含まれる蛋白質がアミノ酸に分解され、血圧安定の効果があるという。また、大量の乳酸菌を摂取することになる為、腸内環境の改善、老廃物の排泄といった効果もある。さらには牛乳同様カルシウムが豊富である為、骨折や骨粗しょう症の改善、妊産婦の栄養補給や乳の出を促進するという。
[編集] その他
- モンゴル出身の大相撲力士、横綱朝青龍もこの故郷の食品を愛飲し、体にも塗って力士としての健康や活力の源として活用している。
- 乳酒を蒸留した「アルヒ」という酒もあるが、牛乳や羊乳などの乳糖をアルコール発酵させた馬乳酒以外の乳酒を原料として用いる。
- モンゴルツアーを組む旅行代理店では、「日本人が飲みすぎると下痢をおこす可能性がある」として注意を喚起している。