鈴木登
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
鈴木 登(すずき のぼる)は、日本の数学者。元カリフォルニア大学教授。
[編集] 経歴
東京都出身。小学生の時群馬県吾妻郡吾妻町(現東吾妻町)に移り住む。幼少時から秀才の誉れ高く、吾妻地方随一の進学校である群馬県立渋川高等学校に進学。卒業後東北大学に進学。数学を専攻。東北大学大学院修了(理学博士)。
トポロジーに関する研究に打ち込み、優れた成果をあげた。1963年、金沢大学理学部数学科助教授に就任。1964年、カリフォルニア大学助教授に就任。数学界期待の若手のホープとして、日本国内のみならず世界的にも大いに期待された。その後教授に就任。
順調な研究生活の一方、助教授時代からビジネスに強い関心を寄せ、周囲の危惧も意に介さず研究の傍ら事業を開始。当初はそこそこうまくいっていたが、次第に事業が傾き、結果的に倒産。多額の負債を抱え、妻にも愛想をつかされ離婚。私生活も破綻し、教授職を解かれた。1982年、傷心の帰国。当初はビジネスホテルに逗留し、雑誌などに寄稿して糊口をしのいでいたが、1984年ころになると仕事もなくなり、金も尽きてきた。
そんな中、郷里が恋しくなった鈴木は吾妻町を訪れる。旧友や知人などから借金を重ねては、郡内の沢渡温泉・四万温泉・川中温泉などの温泉地の旅館にとまっていた。1984年9月26日、群馬県吾妻郡中之条町の旅館・竜鳴館に3泊したが所持金がなく、警察に逮捕された。1985年1月29日、前橋地方裁判所で公判が行われ、懲役十月・執行猶予三年の判決が下った。裁判長から「過去の栄光は忘れて、地道に生きていくように」と諭された。