違憲審査制
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違憲審査制(いけんしんさせい)とは、法令その他の処分が憲法に違反するか否か(憲法適合性)を審査し、公権的に判断する制度のこと。裁判又はそれに類似した手続により行われる。
違憲審査制において、法令に対して行う審査を法令審査(違憲審査、違憲立法審査)といい、その権限を法令審査権(違憲審査権、違憲立法審査権)という。また、司法権が行う法令審査を司法審査という。
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[編集] 沿革
違憲審査制は、19世紀初めのヨーロッパ諸国及びアメリカ合衆国において、憲法に基づいて政治を行うという立憲主義が確立したことに端を発する。
特にアメリカは最も早く、1803年のマーベリー対マディスン事件(Marbury v. Madison事件)における連邦最高裁判所の首席裁判官マーシャルの意見により、違憲審査制が確立したとされる。これは、アメリカでは、イギリス議会が制定した圧制的な法律に対する反発により独立を果たした経緯があるため、元来立法権に対する不信の思想が強く、議会が制定した法律に対する違憲審査制も受け入れられやすかったためと考えられる。
これに対して、ヨーロッパ諸国においては、議会が制定する法律により行政権や司法権に制約を加え、それにより国民の人権を保障する考え方が立憲主義の中核と理解されていた。そのため、立憲主義が確立した当初は、議会が制定した法律の合憲性を審査する制度の導入は、民主主義に反するものとして躊躇された。
しかし、このような議会中心主義の考え方は第一次世界大戦後には動揺しはじめ、ケルゼンの起草にかかる1920年オーストリア共和国憲法において憲法裁判所制度の導入が試みられる。さらにはナチズムの台頭により議会の立法で人権が侵害されるようになったことの反省から、第二次世界大戦後、ドイツを中心に違憲審査制が広く導入されるようになった。
[編集] 分類
違憲審査制の分類としては、大別すると、付随的違憲審査制と抽象的違憲審査制に分類される。
付随的違憲審査制とは、違憲審査をするための特別の機関を設けず、通常の裁判所が、係属した事件に法令を適用するに際し、必要な限りにおいて違憲審査をする方式である。違憲の法令を適用することに対する個人の権利保護に重点を置く点で私権保障型(ここでいう私権は私人の権利という程度の意味であり、私法上の権利という一般的な用法とは異なる)ともいい、アメリカに由来することからアメリカ型ともいう。
これに対し、抽象的違憲審査制とは、違憲審査をするための特別の機関(一般的には憲法裁判所)を設け、具体的な事件(具体的争訟)とは無関係に違憲審査をする方式である。違憲の法令を排除することにより法体系の整合性を確保することに重点を置く点で、憲法保障型ともいい、ドイツが典型例であることからドイツ型ともいう。
もっとも、以上のような分類は理念型による分類であり、実際に各国で採られている制度やその運用には、合一化の傾向が見られる。
[編集] 各国の違憲審査制
[編集] アメリカ合衆国
アメリカ合衆国憲法には、違憲審査制に関する明文の根拠条文が存在しないが、憲法制定に携わったハミルトンは、裁判所に違憲審査権がある旨の主張をしていた(『ザ・フェデラリスト』)。
同国の歴史上、違憲審査制が確立したのは、マーベリー対マディスン事件(Marbury v. Madison 事件)における1803年2月24日の連邦最高裁判所の判決による。この判決では、概ね以下の理由により議会が制定した法律の違憲性を判断できるとした。
- 憲法を議会が通常の立法により変更できるのであれば、国家機関の権能を制限しようとした成文憲法は意味のない試みとなる。
- 何が法であるかの判断は、司法の権限に属する。
- 事件に適用される複数の法が矛盾する場合は、裁判所はそれらの効力を決定しなければならない。
- 憲法が法律に優越するのであれば、憲法と法律が矛盾する場合は、憲法が適用される。
以上のような理由により、通常の裁判所が「事件及び争訟」(cases and controversies) を審理する際に適用される法令の憲法適合性を審査する制度が確立し、付随的違憲審査制の代表として理解されている。また、違憲と解釈された法令を適用せずに具体的な争訟に対する判断をする手法を採り、憲法秩序を保障することを主要な目的としたものではないので、違憲判決の効力はあくまでも当該事件にしか及ばない。
また、違憲審査権の行使は慎重でなければならないという点から、法令に違憲の疑いがある場合でも憲法判断を回避する技術が確立している。特にAshwander v. TVA 事件における1936年2月17日の連邦裁判所判決においてブランダイス裁判官が補足意見であげた準則(ブランダイス・ルール)のうち、憲法問題が提出されていても他の理由により事件を処理できる場合は憲法判断をしないという準則(第4準則、憲法判断の回避)、法律の合憲性に対する重大な疑いが提起されている場合であってもまず憲法問題を避けることができる法解釈が可能であるかどうかを最初に確認するという準則(第7原則、合憲限定解釈)が有名である。
以上のように、アメリカの違憲審査制は、どこまでも具体的な事件を解決に必要な限りにおいて憲法判断をすることが建前になっている。もっとも、近年では、法令の違憲性の主張の利益 (standing) を広く捉える傾向にあり、その意味において憲法秩序自体を保障する制度に近づいているとも言える。
[編集] 日本
日本は、アメリカ型の付随的違憲審査制を採ると解するのが通説である。これは、日本国憲法が、「第6章 司法」の章に、「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」(第81条)と定めるからである。ゆえに、裁判所(最高裁判所以下、すべての下級裁判所を含む。)は、具体的争訟の解決に付随して違憲審査をすることができる。
- もっとも、現行法では不可能だとしても、法律の制定により最高裁判所に憲法裁判所としての権能を与えることにより抽象的違憲審査権を付与することは可能とする見解も主張されている。
- また、最高裁判所に抽象的違憲審査権を付与したものだとする見解もあり、最高裁判所を第一審として、自衛隊の前身である警察予備隊の設置や維持に関する法令の制定をも含む一切の行為の無効確認を求める訴えが提起されたことがある。これに対し、最高裁は、具体的事件を離れて抽象的に法律、命令等が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有するものではないものとして、訴えを却下した(最大昭和27年10月8日判決・民集6巻9号783頁)。
このように、日本では付随的違憲審査制が採用されていると理解されているため、日本においてもブランダイス・ルールにいう憲法判断回避の準則が基本的に妥当すると解されている。
- 下級審の判決であるが、自衛隊基地内の電信線を切断したことが自衛隊法第121条の「その他の防衛の用に供する物を損壊」に該当するとして起訴された事件につき、公判では自衛隊法の合憲性について争われたものの、判決では被告人が切断したものは「その他の防衛の用に供する物」に該当しない以上無罪であり、無罪の結論が出た以上は憲法判断に立ち入るべきではないとした例がある(札幌地昭和42年3月29日判決・下刑集9巻3号359頁、いわゆる恵庭事件)。また、違憲判決の効力はあくまでも当該事件にしか及ばないと解されていることもアメリカと同様である。
付随的違憲審査制の例外とも解されるものとして、客観訴訟における違憲審査がある。行政事件訴訟法に定められる民衆訴訟や機関訴訟などの訴訟類型を、講学上、客観訴訟と呼ぶ。客観訴訟は、国や公共団体の具体的な行為を争うものではあっても、当事者間の権利義務関係に関する争いではない。客観訴訟の審理においても違憲審査はできるので、その限度において、憲法秩序自体を保障する制度に近づいているとも言える。
- なお、最大判平成17年9月14日・民集59巻7号2087頁は、法律の規定の違法性確認が適法となりうることを示した(もっとも本件では確認の利益を欠くとされ不適法とされている。)が、これはあくまで具体的な法的紛争の解決のためには許されうるとしたものに過ぎず、およそ具体的な紛争から離れた抽象的審査制を認めたものではない。
[編集] 関連項目
- 司法消極主義
[編集] 大韓民国
[編集] 憲法裁判所による違憲審査
大韓民国憲法は、司法権が帰属する法院(日本でいう裁判所)の他に、憲法判断の権限を有する憲法裁判所の制度を設けている。憲法裁判所は、身分保障がされている公務員を弾劾する権限なども有しているが、違憲審査との関係では、主に以下の権限を有する。
- 法院の提請による違憲法律審判
- 法院に係属している事件の審理に際し、適用される法律が合憲か違憲かが裁判の前提になったときは、法院の職権又は当事者の申請による決定に基づき、憲法裁判所に対して問題となる法律が憲法に違反するか否かについて提請し、憲法裁判所が違憲性につき審査をする。
- 憲法訴願審判
- 違憲の公権力(法院の裁判を除く)の行使により憲法上の基本権が侵害されていると主張する者は、救済を受けるために、憲法裁判所にその公権力行使の違憲審査を請求することができる。また、上記の法院の提請による違憲法律審判の提請の申立てを法院に棄却された当事者は、当該当事者は憲法裁判所に対して憲法訴願審判を請求することができる。
憲法裁判所により法律が違憲と判断された場合、当該法律は効力を喪失する。
[編集] 大法院による違憲審査
以上のように韓国には憲法裁判所の制度があるものの、それとは別に、最高裁判所としての地位を有する大法院は、行政府の命令、規則又は処分が憲法に違反するか否かが裁判の前提になっている場合につき最終的に審査する権限を有し、この点に関しては付随的違憲審査制が採用されていると言える。
[編集] ドイツ
ドイツの憲法典たるドイツ連邦共和国基本法は、最高裁判所として位置づけられる連邦通常裁判所や連邦行政裁判所とは別に、憲法判断のために特別に連邦憲法裁判所 (Bundesverfassungsgericht) を設けている。同裁判所は違憲審査とは直接関連がない権限も有するが、違憲審査との関係では主に以下の権限を有する。
- 抽象的規範審査
- 連邦法やラント法の基本法適合性に関する判断。連邦政府、ラント政府、もしくは連邦議会議員の3分の1の申立てにより、具体的争訟を前提としない。
- 具体的規範審査
- 裁判所が具体的な審理に際して適用される法律が基本法に反すると判断した場合は、具体的事件のうち法律の違憲審査のみを連邦憲法裁判所に移送し、違憲性が審査される。
- 憲法訴願
- 公権力(行政処分のほか、裁判所の判決も含む)により基本権や一定の憲法上の権利が侵害されたと主張する者は、連邦憲法裁判所に対して、憲法訴願 (Verfassungsbeschwerde) の提起をすることができる。
- 政党に対する違憲審査
- 自由で民主的な基本秩序を侵害したりドイツの存立を危うくすることを目指す政党は違憲であるとされており、連邦裁判所は、連邦議会や連邦政府などの提訴により政党の違憲性を判断する。
上記のうち、抽象的規範審査は、具体的な争訟とは無関係に法律の基本法適合性が判断されるし、具体的規範審査についても、具体的な争訟を前提とした制度ではあっても、基本法適合性は具体的争訟とは独立して判断される。つまり、ドイツの制度は抽象的違憲審査制を基本とし、憲法秩序の維持を主眼としている。もっとも、憲法訴願の制度の存在により、公権力の違憲審査により個人の権利を保護する機能も有している。
なお、抽象的規範審査、具体的規範審査、憲法訴願についての連邦憲法裁判所の裁判は、法律としての効力を有するとされている。つまり、これらの裁判は、他の全ての国家機関を拘束することになる。
[編集] フランス
[編集] 法律に対する違憲審査
フランス第5共和国憲法は、憲法院 (Conseil constitutionnel) という機関が法律 (loi) の違憲審査を行う制度を採用している。憲法院は、いわゆる裁判所として理解される機関ではなく、むしろ政治的な機関であり、違憲審査以外の権限も有するが違憲審査との関係では以下の権限を有する。
- 法律所管事項の限定
- 法律案が憲法により命令事項又は法律により政府に授権された事項であると政府が判断した場合、政府は不受理によって対抗することができ、憲法院は政府又は議員の議長の請求により裁定をする。
- 組織法律などの合憲性審査
- 組織法律については大統領の審署前、議院規則については施行前に、必ず憲法院の審査に付され、合憲性について裁定する。
- 法律の合憲性審査
- 普通の法律については、大統領の審署前に、大統領、首相、議院の議長、又は60人の元老院議員の請求により、憲法院により法律の合憲性について裁定する。
以上のように、憲法院は、裁判機関というよりも、議会と政府との関係を調整し、議会の権限を枠付けるための機関としての役割を期待された機関である。これは、第一に、フランスにおける立法は、議会が制定する法律 (loi) の対象事項が限定列挙され、列挙されていない事項は法律から独立した命令の対象とされていること、第二に、第5共和国憲法には人権保障に関する規定がなく、統治機構に関する規定がメインになっていることが大きく影響している。もっとも、1971年7月16日の憲法院判決は、第5共和国憲法の前文の裁判規範性を承認し、その判決の中で、第5共和国憲法は第4共和国憲法前文で確認され補充された1789年の人権宣言を確認しているとして、憲法院が違憲審査権を行使する際には人権宣言に対する抵触の有無も審査対象になる旨の判断をした。
もっとも、法律の審査は、議会の採決後、大統領の審署を得るまでの間にしか行うことができないため、施行後の違憲審査はできないという制約がある。また、私人による審査請求は予定されていない。
[編集] 行政に対する違憲審査
フランスにおいては、行政機関の系列に属するコンセイユ・デタ (Conseil d'État) 争訟部が、行政最高裁判所としての権限を有している。コンセイユ・デタによる裁判は、行政の適法性を審査するものであるが、その審査基準として、憲法前文から由来する法の一般原理を援用することがあり、事実上、命令の違憲審査が行われることになる。