豊田喜一郎
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豊田 喜一郎(とよだ きいちろう、1894年6月11日 - 1952年3月27日)は、実業家で、トヨタ自動車の創業者。
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[編集] 来歴・人物
父は、豊田自動織機創業者の豊田佐吉。旧制明倫中学(現愛知県立明和高等学校)、第二高等学校を経て、東京帝国大学工学部機械工学科卒業。長男はトヨタ自動車名誉会長(第6代社長)の豊田章一郎。次男は相談役(第7代社長)の豊田達郎。従兄弟は最高顧問(第5代社長)の豊田英二。
愛知県豊田市(挙母市)の発展に大きく貢献した実績から、豊田市役所の広場には銅像が立てられている。
[編集] 関連書籍
- 豊田喜一郎伝(和田一夫 由井常彦 トヨタ自動車歴史文化部 名古屋大学出版会)
- 「G型無停止杼換式豊田自動織機は、実は豊田佐吉ではなく豊田喜一郎が開発を手掛けていた」など、これまでの“通説”を覆す記載がある。ISBN 4815804303
- 豊田喜一郎文書集成(豊田喜一郎 和田一夫 名古屋大学出版会)
- 豊田喜一郎が発表した文書やインタビュー記事。ISBN 4815803587
- 夜明けへの挑戦~豊田喜一郎伝(木本正次 学陽書房)
- 毎日新聞社が刊行した当時の題名は「反逆の走路~小説 豊田喜一郎」(改題)。 ISBN 4313751602
- 劇画トヨタ喜一郎(影丸譲也 木本正次 産業技術記念館)