社会保障
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社会保障(しゃかいほしょう、social security)とは、本来は個人的リスクである、老齢・病気・失業・障害などの生活上の問題について、貧困の予防や生活の安定などのため、社会的に所得移転を行い所得や医療を保障、社会サービスを給付すること、またはその制度を指す。
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[編集] 社会保障制度の歴史
1601年、イギリスではこれまでの救貧施策をまとめた、働く能力はあるが働かない窮民を救済した法を制定、これをエリザベス救貧法と呼んでいるが、当時社会保障という言葉は生まれていなかった。
資本主義が定着していくと資本家から、失業は個人の問題であり、国による貧民救済は有害との主張がなされた。ドイツでは、防貧のために労働者が自分たちの賃金の一部を出し合って助け合う共済組合を作ったが、不況や失業による貧困が深刻すぎ全ての人を救済しきれなかった。結果として1883年ドイツで初めて公的医療保険が制定された。1884年には労災保険が制定される。このように、社会保険制度を創設しつつ社会主義運動を弾圧する鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクの政策は「飴とムチ」の政策と呼ばれる。このとき保険料には、労働者だけでなく、雇用主や国の負担が導入された。このドイツの社会保険制度は、その後の福祉国家のモデルのひとつになっていく。
社会保障という言葉は、1935年にアメリカで制定された社会保障法(Social Security Act)で初めて使われた。イギリスでは、戦時中の1942年にウィリアム・ベバリッジが「社会保険と関連サービス」と題したベバリッジ報告を提言、戦後の社会保障の理想的体系を示し、その後日本を含む多くの国の社会保障の発展に大きな影響を与えた。
[編集] 日本の社会保障
日本にも戦前、現在「社会保障」と呼んでいるものの中に含まれる制度はあったが、全国民対象の普遍的な制度はなかった。戦後になって公布された日本国憲法第25条においては社会保障が以下のように記され、生存権の根拠とされている。
- 一、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
- 二、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
ここでは、社会保障の内容についての記述はなく、後述の社会保障制度審議会の定義が説明としてよく用いられる。
[編集] 社会保障の体系
日本国憲法第25条に記された「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利(生存権)」等が根拠である。日本の社会保障制度は社会保障制度審議会(現:経済財政諮問会議・社会保障審議会)の分類によれば、社会保険・公的扶助・社会福祉・公衆衛生及び医療・老人保健の5本の柱から成っているとされ、広義ではこれらに恩給と戦争犠牲者援護を加えている。
社会保障は「目的」と「制度」を分別して説明されることが多く、目的は多くの国で共通するが、制度の中身や仕組みは国によって相当異なり、経済的な保障のみを指す国が多い。このため近年、ILOやEUなどでは、Social Security(社会保障)という言葉に代わって、Social Protection(社会保護あるいは社会的保護と訳される)という言葉を用いて、制度概念の統一化を図っている。
[編集] 社会保障の歴史
- 1946年 旧生活保護法施行
- 1950年 新生活保護法施行
- 1961年 「国民皆保険」「国民皆年金」達成
- 1972年 児童手当制度発足
- 1973年 老人医療費無料化などを実施、「福祉元年」と呼ばれる
- 1983年 老人保健制度実施
- 2000年 公的介護保険制度実施
[編集] 社会保障の費用
- 社会保障関係費
政府予算の一般歳出に占める医療や年金、介護、生活保護などの社会保障分野の経費のことで、一貫して増加し続けており、現在では総額20兆円を超え、財政赤字の大きな原因となっている。2006年度の社会保障関係費は20兆5739億円(前年度比1931億円増)であり、国の一般歳出の44.4%を占める。
- 社会保障給付費
政府予算とは別の統計で、国・地方自治体の歳出や社会保険等から支払われたものを含む社会保障の給付額を指し、2004年度の社会保障給付費は85兆6,469億円で、一人あたり67万800円となっている。そのうち高齢者関係給付費は、60兆6,537億円となり、同給付費の7割を占めている。 また、2025年度の社会保障給付費は141兆円(国民所得比26.1%)に達するとの見通しがある(「社会保障の給付と負担の見通し」(2006年5月厚生労働省推計)の「並の経済成長」のケースによる)。
[編集] 社会保障の課題
1980年代後半から合計特殊出生率や経済成長率の低下で「社会保障の危機」が言われ、財源確保等の制度改革は現在の日本における最大の政治課題のひとつとなっている。人口の高齢化は世界で最もスピードが速く、日本の社会保障改革は全世界の注目の的となっている。
現在の社会保障給付は7割が高齢者に充てられており、人口の高齢化による義務的経費の増加が若年世代の負担を年々増やしているため、給付と負担をどのレベルに設定するかが問われている。複雑な制度を合理的・効率的で公平な仕組みに変えていくことも課題であり、制度の一元化が叫ばれ債務超過額の大きい公的年金制度改革や、高齢者医療の財源問題が大きい公的医療保険の制度改革が急務とされる。
高齢化の一方、進行する少子化を食い止めるため、児童手当の充実など子育て世代への支援や、若年世代への失業対策、住宅などの関連施策の充実、男女共同参画社会の実現が必要とされている。「雪だるま式に膨張する」国債残高と歳出の圧縮を目指す財務省と、義務的経費にかかる経費以上に予算を計上したい厚生労働省との主張の隔たりは大きく、財源問題が最も大きな課題のひとつとなっている。
[編集] 社会保障の財源政策
日本の社会保障は増加する義務的経費の財源をどこに求めるかという問題が大きい。 厚生労働省の推計によれば、社会保障に関して国民が負担する税・保険料の総額は2006年度で82兆8,000億円だが、2025年度には143兆円に増加するとされている。給付を維持・充実させるためには、新たな税・保険を課すか、税・保険料率を上げなければならない。給付と負担のレベルについて、早急な国民的合意が必要である。企業にますますの税・保険料負担を求めるという考え方もあるが、結果的には商品やサービスの価格が上昇することになり、消費税率を上げることと似たような効果を持つ。
近年の日本では経済活性化のため、規制緩和や法人税減税など、企業の負担を減らす政策を進めたが、一方年金・健康保険・介護などの保険料率も年々上昇しており、その結果格差社会が生まれているという指摘もある。 政府は膨大な国債残高をかかえており、年々増大する社会保障給付費の財源確保のために、政府支出や税制のあり方について抜本的な改革が必要となっている。
[編集] 社会保障の経済効果
社会保障制度の充実は税・保険料の上昇を伴うため労働意欲を阻害し、経済を停滞させるという議論があるが、本格的な実証研究は見あたらない。もちろん、税・保険料率は低いほうがよいが、年金保険や公的扶助などの所得保障制度の存在は生活の安定をもたらし消費を拡大させる。また、所得の再分配という働きを備えている。 社会保障制度の縮小が、国民が将来に大きな不安を抱える結果となると国民は貯蓄に励むかもしれず、個人消費は高くならないと言われている。一方、社会保障の適度な充実は国民の生活に安心感を生み、国民の健康の維持は国民の消費を支えるとされる。また、社会福祉サービスなどの充実は雇用を創出し消費を増やす効果がある。
[編集] 社会保障審議会
社会保障審議会は、厚生労働省発足に伴い、社会保障関連の8審議会を統合再編し2001年(平成13年)に設置された。実質審議は、政令で決められた分科会と、必要に応じ設置される部会で行われる。分科会は、介護給付費(介護報酬改定)、年金資金運用(運用指針や実績報告)、医療(特定機能病院の承認)、統計、福祉文化、医療保険保険料率の6分科会、部会は8部会ある。
[編集] 所管省庁
社会保障の所管は厚生労働省である。同省の外局である社会保険庁は2008年度に解体され、その業務はねんきん事業機構に引き継がれる予定であるが、審議が難航している。
[編集] 社会保障の国際分類
[編集] 給付と負担のレベル
給付と負担の大きさを調べ、「高負担・高福祉」「中福祉・中負担」「低福祉・低負担」という分類をすることがある。 北欧諸国は「高福祉・高負担」、アメリカは「低福祉・低負担」の代表例とされる。
[編集] 所得移転のレベル
1990年に商品化と所得格差の視点をもって、新しい分類法が提起された。
- イギリス、北欧諸国、オランダのように税財源と寛大な所得移転を特徴とする国
- ドイツのように社会保険制度と中程度の所得移転を特徴とする国
- アメリカ、カナダのように保険会社を国が育成し、所得移転は少ない国
この類型の特徴は社会保障による所得移転の大きさ(政府の大きさ)の量の議論だけではなく、質の議論があることである。アメリカは社会保障の水準は低いが、普遍的な公的医療保険がないため、負担感は非常に高いとされる。
このほか、税・社会保険の割合による分類、普遍主義・選別主義という分類など様々な分類がある。どの国においても、歴史や社会、文化、経済体制に合わせて様々な財源や技術を用いて社会保障制度が構築されている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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