江口寿史
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江口 寿史(えぐち ひさし、男性、1956年3月29日 - )は日本の漫画家、イラストレーター。妻は元アイドルの水谷麻里。
「Weeklyぴあ」にて『キャラ者』を連載中。(2006年9月現在)
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[編集] 概要
熊本県水俣市に生まれ、千葉県流山市に育つ。千葉県立柏高等学校卒。代表作に『ストップ!! ひばりくん!』、『すすめ!!パイレーツ』、『江口寿史の爆発ディナーショー』など。 1977年に、『恐るべき子どもたち』でヤングジャンプ賞(現在の十二傑新人漫画賞)入選、同年『8時半の決闘』で第6回赤塚賞準入選、1978年には『名探偵はいつもスランプ』で第6回愛読者賞を受賞、また1992年には『江口寿史の爆発ディナーショー』で文藝春秋漫画賞を受賞している。
本来サブカルチャー的なものであった漫画界の中でもさらにメインストリームから離れていった、サブカルチャー漫画の旗手的な存在で、大友克洋らとともにニューウェーブの一翼を担う。1995年には自ら編集長となって「COMIC CUE」を創刊。松本大洋、望月峯太郎、よしもとよしともなどの意欲的な作家を集めるとともに、魚喃キリコ、古屋兎丸などの若手漫画家の発掘・育成に多大な功績を残している。「COMIC CUE」創刊時、南Q太を「若手女性漫画家の筆頭」に挙げるなど、才能の目利きには定評がある。
『ひばりくん』の頃から絵に対するこだわりと上達が顕著になり、デニーズのメニューイラストを担当した事によってイラストレーターとしての地位を確かな物とする。非常に可愛い女の子を描くとして定評がある。近年では漫画家としてよりもイラストレーターとしての知名度の方が高いのが実情であるが、本人にとってあくまで本業は漫画家のようである。
商業誌にまともな連載漫画を寄稿しなくなって久しいが、そのギャグの質と綺麗な絵には定評があり、今なお根強い熱狂的なファンを持つ。一方で未完や落稿の多さから、漫画家としての資質を疑う声も強く、強いアンチも存在する。
[編集] 略歴
1977年にヤングジャンプ賞入選作である『恐るべき子どもたち』で「週刊少年ジャンプ」誌上においてデビューを飾り、同年連載デビュー作である『すすめ!!パイレーツ』の連載を開始しする。質の高いギャグによってデビュー作から絶大な人気を集め、当時「週刊少年チャンピオン」で絶大な人気を誇っていた『マカロニほうれん荘』の鴨川つばめと並び称される事となる。なお『パイレーツ』の後期より扉絵の構図などにイラストレーションとして見せる為の工夫が見られ始める。その後『ひのまる劇場』の連載を挟み、1981年より自身の最大のヒット作となる『ストップ!! ひばりくん!』の連載を開始する。
この頃より、江口のギャグと並びもう1つの大きな特徴である、「極めて洗練された“おしゃれ”な画風」を確立するにつれ筆の遅さが目立ち始め、また「白いワニ」に比喩される「真っ白な原稿」=「ネタ切れ」にも悩まされる様になる。結果漫画家に厳しい「ジャンプ」としては破格の優遇を受けながらも『ひばりくん』を中断し、未完のまま放り出してしまう。なおこの事を持って「ジャンプに潰された漫画家」の代表例として江口が挙げられる事が非常に多いが、実情は少し異なる(詳細は後述)。
以降作品の発表の場を「フレッシュジャンプ」に移し、『江口寿史の日の丸劇場』(単行本は『寿五郎ショウ』として発売)の連載をはじめる。この作品によって以降の江口漫画の主流となる「一話完結のショートギャグ」というスタイルを確立する。『日の丸劇場』の連載終了の翌月より同誌において、作者唯一のストーリー物の連載作品『「エイジ」』の連載を開始。第一部が終了した時点でいったん筆を休め、翌月から再びギャグ連載である『ラブ&ピース』の連載を開始するもわずか2回で投げ出す。
この頃より活動の場を集英社に限定せずに、「weekly漫画アクション」(双葉社)で『エリカの星』、「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で『パパリンコ物語』と他社での連載を始めるが、いずれも途中で投げ出す。その中にあって1986年から『日の丸劇場』と同じ形式で「月刊ASUKA」(角川書店)で連載された『江口寿史のなんとかなるでショ!』だけは、落稿もわずか1回に止め、円満終了を迎える。
1988年より「アクション」において、『日の丸劇場』、『なんとかなるでショ!』と同様のスタイルで『江口寿史の爆発ディナーショー』を連載。1992年に本作の単行本によって文藝春秋漫画賞を受賞する。なお、この受賞の際に選評で新人扱いされたという逸話がある。 『寿五郎ショウ』、『なんとかなるでショ!』、『爆発ディナーショー』の3冊の単行本はその内容・タイトルの類似性から『ショー三部作』とまとめて呼ばれ、質の高い江口ギャグの一つの集大成として高い評価を得ている。
1989年4月~9月には、FM東京系の深夜放送番組スーパーFMマガジン「NORU SORU」のパーソナリティーを務める。
1990年、交際を続けていた元アイドルの水谷麻里と結婚(江口は2度目)。
この頃より、その画風、画力も広く認められる事となり、イラストレーターとしての仕事が増えて来る。イラストの仕事は漫画に比べ拘束時間が短い上に金額も高い為か、徐々に仕事の中心がイラストの方へと移って行く。1992年より5年間担当したデニーズのメニューイラストは彼にイラストレーターとしての不動の位置を与え、皮肉にも漫画家としての知名度を上回らせる事となる。
1995年に至っては「COMIC CUE」の編集の仕事があったとは言え、発表された漫画は合計でわずか14ページであり、漫画家として事実上廃業状態となる。
しかし、1998年より「アクション」誌上において『キャラ者』の連載を開始し、連載漫画家としての復帰を果たす。毎週1ページと短く休載も多いながらも、途中で投げ出される事なく続いており、掲載誌を「weelkyぴあ・関東版」(ぴあ)に移し2006年9月現在も連載中である。
2003年より放映を開始したTVアニメ『無人惑星サヴァイヴ』にキャラクター原案で参加。
2004年12月より「イブニング」にて月1連載の「寿丼」が始まるも、3回にて休載。作者のHPでは体勢建て直し中との事であったが、イブニング編集部より連載終了が正式に公表されている。
[編集] 遅筆・放棄
江口は遅筆な事で有名であるが、遅筆のエピソードとしては、「ジャンプ」の愛読者賞用の作品『POCKY』が、途中からネーム状態のまま掲載されるというものがある。そして遅筆の結果、印刷に間に合わずに落稿する事も多く、こうした悪癖を見越し、当初から不定期掲載を謳った連載も多い。
さらには落稿をきっかけとしてそのまま続きを書かれずに、放棄される作品が多い事でも悪名高い。なお、無事に連載が終了されている作品の多くが一話完結方式で連載されていた物であり、逆に言えばいつでも最終回とする事ができた作品が多いのに対し、連載による継続したストーリー展開を必要とした作品については円満に終了された作品はほとんどない。
『月刊TVnavi』で、イラストエッセイ「TV旅」(月刊で1ページ)を連載する予定が創刊号からいきなり間に合わず殴り書きイラストを掲載し、創刊2号はイラストが載ったものの3号では休載してそのまま連載終了、という例がある。このことから、ページ数と関係なく原稿を落とすことが伺える。
[編集] 未完のまま放棄された作品
[編集] 消えた漫画家
江口は「消えた漫画家」、「潰れた漫画家」と言った話題の際に頻繁に挙げられる漫画家の1人であり、なおかつ漫画を描いていなくてもイラストレーターとしての知名度はある事から「漫画を描かない漫画家」と呼ばれる事も多い。 2006年現在の状況としては、(休載は多いながらも)現役で週刊連載を行っており、「消えた漫画家」と表現するのは表現者の取材不足である事は否めないが、略歴で上述の通り、ほとんど漫画を描いていない時期があるのは事実であり、その時期をもって「消えた漫画家」とするのは決して間違いとは言い切れない。また、途中で投げ出された連載が非常に多い作家である事から、「潰れた漫画家」という表現が使われる事にも一理ある。そして、漫画家でありながら一月の合計で4ページ以下の漫画しか描いていなければ「漫画を描かない漫画家」という表現も誇張とは言い切れない。
しかし、こうした話題で取り上げられる際に、《『ひばりくん』の終了劇をもって、「ジャンプ (WJ) 」による漫画家つぶしの最典型という扱いをされる事》は、誤解による物であり間違いと言える。なぜなら江口は典型例というよりもむしろ特例といった方が正しいからだ。
そもそも、「WJ」による漫画家潰しとはアンケート人気のプレッシャーと打ち切りの恐怖から来る精神的な摩耗による物とされるが、『ひばりくん』についてこれらの点は一切当てはまらない。『ひばりくん』はその絶大な人気から休載させてまででも連載を継続させようとされた作品であり、全く逆に位置する作品だからだ。つまり、作品を潰さない様に「WJ」としては異例の優遇措置を受けた作品なのである。これは最近の例としては冨樫義博の『HUNTER×HUNTER』に近い状態であるといえば分かり易いであろう。さらに江口の場合には『ひばりくん』が実質的に終了した直後も「フレッシュジャンプ」において良質なギャグ作品を月刊で連載し続けており、『ひばりくん』の終了劇をもって彼が潰れたと判断する事自体に無理がある。
ただし、「消えた」・「潰れた」と感じた人が多くいたのも恐らく事実である。作家がその作品を投げ出すという行為は、その雑誌の読者から見れば当然「消えた」・「潰れた」と取るに十分な行動であり、いくら他誌で連載を続けていても両誌を読んでいる人間以外に取っては消えたのと同じである。それが「WJ」という最大発行部数を誇る漫画雑誌において看板を飾っていた人気作家によって行われたとなればその印象は非常に強い物となる。そして江口は「WJ」の『ひばりくん』だけにとどまらず、「アクション」の『エリカの星』「スピリッツ」の『パパリンコ物語』とメジャーな雑誌の作品をことごとく投げ出している。一方でこの時期にきちんと連載を終了させた雑誌は「フレッシュジャンプ」というややマイナーな雑誌と、少女漫画誌「ASUKA」という今までとは読者層が全く異なる雑誌の物であった。こうしたきちんと連載を終えた雑誌の読者が今までの江口作品の読者とあまり重ならなかった事が、消えたと感じる人間を増加させるのに大きな要因となった物と思われる。
なお、なぜ『ひばりくん』の連載が途中で投げ出される様になったかといえばそれはネタ切れである可能性が高い。これは長期休載後に、原稿を本編で埋められないが故に楽屋ネタを頻繁に扱う様になり、さらにその中に置いて「15匹の白いワニ」と比喩される真っ白な原稿(『ひばりくん』は15ページ連載)をネタとして扱っている事、そして最終的には原稿用紙が真っ白である事を直接自虐ネタとして使っている事から推定出来る。ただし同時期に描かれた『日の丸劇場』の多くが高い評価を受けた良質なギャグ漫画であることから、このネタ切れは『ひばりくん』というかなり無理のある設定が足かせとなった結果であろう。
[編集] 作品リスト
[編集] 漫画
- ◎:連載作品(年度は連載開始年)
- 《収録短編集》■:GO AHEAD!!/□:寿五郎ショウ/◆:なんとかなるでショ!/◇:爆発ディナーショー/▼:お蔵出し/●:THIS IS ROCK!!/★:自選傑作集/▽:犬の日記、くさいはなし、その他の短篇/☆:青少年のための江口寿史入門/※:単行本未収録
- 連載作品についた□・★・☆については作中の何編かが収録されている事を示し、全編を収録している訳ではない
- 《短編集以外への収録短編》1:『すすめ!!パイレーツ』に収録/2:『ひのまる劇場』に収録/3:『なんとかなったワケ!』に収録/4:KAWADE夢ムック『総集編江口寿史』に収録
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[編集] 単行本
ワイド版、文庫版などの同一内容の再販本は割愛
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[編集] デザイン
- デニーズのメニュー(現在は使用されていない)
- おたくの星座(キャラクターデザイン)
- オーロラクエスト おたくの星座 -In Another World-(キャラクターデザイン)
- 老人Z(映画キャラクターデザイン)
- PERFECT BLUE(キャラクター原案)
- 無人惑星サヴァイヴ(キャラクターデザイン)
- フィーバーガールズ(キャラクターデザイン、三共製パチンコ台)
[編集] イラスト集
- NO MATTER
- ILLUSTRATION H
- EGUCHI HISASHI WORLD
- 江口寿史ストリップショウH
- 江口寿史スクラップブックE
- 素顔 -美少女のいる風景-
- 江口寿史監修ポーズ集
[編集] 影響を受けた漫画家
[編集] 逸話
- 佐野元春とは同じ早生まれということもあり、江口が最も好きなミュージシャンでもある。また対談したこともあり、佐野から「江口さんもきっと僕と同じように世の中と戦っているんだと思うよ」と言われ、江口が答えられなかったエピソードがある。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- KOTOBUKI-STUDIO - 公式サイト。